國學院大學の学びをご紹介する「学びの泉 学びの杜」。今年度は〝もっと知りたい國學院〟をテーマに、その独自性に迫ります。第一回 は文学部哲学科教授の藤澤 紫先生です。浮世絵研究の第一人者として国内外で活躍。授業も大人気の藤澤先生に、少しディープな浮世絵の世界の魅力を伺いました。
作品の面白さが、浮世絵を
学問としてとらえるきっかけに
――2025大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)で、「浮世絵」が注目を集めていますが、どのようにご覧になっていますか。
この作品の画期的なところは、浮世絵の制作状況を裏方から見ているところだと思います。浮世絵はそもそも庶民のために作られた娯楽品です。手を変え、品を変え、新鮮さを出していかなければ買ってもらえない中で、版元として才能を発揮したのが蔦屋重三郎です。彼はアイデアマン、かつ人と人とをつなぐネットワーク作りの天才で、出版文化そのものを新しく開拓していったところが、ドラマの見どころだと思います。その中に、喜多川歌麿、葛飾北斎、東洲斎写楽といった後世に名を残すような浮世絵師たちが登場し、生き生きと動き回っているのを見るのが、すごく面白いです。
――歌麿のお墓があるお寺は本校の近くなんです。学校周辺の歴史や文学に触れる「地域探訪」という行事で必ず行きます。
歌麿はまさに浮世絵の黄金時代を支えた絵師なので、皆様に親しんでいただけるのは嬉しいですね。歌麿の代表作の一つに、評判の女性たちを描いた「高名美人六家撰」があります。実は、左上の絵が彼女の名前を表しているのです。菜っ葉が二把で「なにわ」、弓矢で「や」、海の沖に田んぼがある、この娘は当時評判の茶屋娘で「なにわやおきた(難波屋おきた)」と呼ばれていました。
なぜ名前を文字ではなく絵(判じ絵)で表したかというと、寛政期の出版規制によって、町娘などの名前を書き入れた美人画を出版・販売することが禁じられたからです。要するに単なる遊びではなく、法規の抜け道として作られたものなのです。その判じ絵も、後に禁止されてしまうのですが……。そういうものが返って面白がられるところに、当時の庶民の発想の豊かさを感じます。
私が好きな歌麿の作品は「手紙を読む女」です。人相占いをテーマに描かれた「婦女人相十品」(喜多川歌麿による江戸時代の美人画作品)の一つです。美人大首絵なので、顔はほとんど同じですが、手紙を見ている女性の感情のとらえ方は人それぞれです。そこがこの作品の面白いところです。
彼女は眉毛がないので、実は既婚女性の装いであることが分かります。この手紙を、恋人からの別れの文と推察する解説もありますが、私は手紙をぎゅっと握りしめている様子から、自分宛の手紙ではなく、憎らしい相手からのものではないかと推理しました。つまり、ご主人宛にきた女の人からの手紙を見つけてしまったんじゃないか、というのが、私の見方です。
30代の頃に恩師から仕事をいただいて、ボストン美術館(アメリカ)のスポルディングコレクションの解説を書くことになったときに、思い切って自身の見方を書かせていただいたのが、いまも記憶に残っています。
歌麿が生きていた当時も、「この手紙は誰の手紙だ」と、きっと話題になったと思うんです。手の表情など、いろいろなところが(鑑賞者の)五感を刺激する絵として作られているんですね。皆様も年齢を重ねたら見方が変わるかもしれない、そこが面白いところです(今のところ、私は変わっていませんが)。

――背景を伺うと、浮世絵への興味が深まりますね。
例えば、きれいとか、美しいとか、色がいいとか、構図が面白いとか。賞賛の言葉にもいろいろあると思いますが、私は高校生の頃に出会った恋を主題とした浮世絵に、ふと、吹き出しがあるように見えたんですよね。浮世絵には少女漫画のようなドラマがあって、風俗や時代背景を知るとより面白いなと思ったことが、浮世絵を学問としてとらえるきっかけになりました。
実際に、大学でもその気づきを活用した授業を行っています。複数の人物が描かれている作品に吹き出しをつけて、会話の内容を学生に考えてもらうのです。描かれている人物は男性なのか、女性なのか。年齢は? 場所は? 時間帯は? と、一つひとつ読み解いていくことから始めています。
例えば、鈴木春信の「縁先物語」であれば、右の人は「頭頂部を剃っていて、前髪もあるからローティーンの男の子かな」、左の人は「帯を前で結んでいるから、お母さんかな」、後ろの人は「着物の雰囲気から、娘さんのような気がする」……という具合にです。「手を洗う手水鉢があるので、縁先のお手洗いのそば。つまり、人のいない場所で何をしているのでしょう?」と、学生に問いかけると、「年上の女性と美しい少年が内緒話をしている」「後ろの少女は彼をとられないか、心配している」など、いろいろな意見が出てきます。さらに吹き出しをつけて会話の内容を考えてもらうと、時にユニークな名セリフも飛び出します。実は「縁先物語」というタイトルも、後からついたもの。作品を丁寧に鑑賞すると、本当にいろいろな発見があり面白いのです。
浮世絵を読み解くには、風俗(時代や地域、階層などにおける衣食住など日常生活のしきたりや習わし、風習)を学ぶことが必要です。私が、美術史は文化史であり歴史学でもあると思っているのも、そうした理由によるものです。
北斎が現代に生きていたら、
ムービーカメラを持っていた?
――では、北斎の「冨嶽三十六景/神奈川沖浪裏(なみうら)」は、どうして心を揺さぶられるのでしょうか。
まず、躍動感がありますよね。彼の作品はたいてい動いているような印象を受けます。人が走っていたり、舟を一生懸命漕いでいたり。波に至っては、0.0何秒という瞬間を切り取り、パシャッと撮影したかのようです。私は北斎が現代に生きていたら絵筆ではなく、ムービーカメラを持つのではと想像します。そのくらい彼の中では動きが重要だったのではないかと思います。
構図は極力シンプルに、色も少なめにして、7、8版で刷ったものもあります。歌川広重の「東海道五十三次」はこれに比すると倍ぐらいの版を使っているので、かなりコストパフォーマンスが良いのです。主題は海と富士。日本人にとって海は身近ですし、小さい富士ですけど目がいきませんか。波が循環して落ちるところに富士があるんです。当時「富岳信仰」が盛んで、富士が崇められていたことも人気を下支えしたのだろうと思います。
海外では、例えば作曲家のドビュッシーほかいろいろな人が、この作品に影響を受けています。海の向こうの富士という構図で、極東の国・日本のイメージがパッと浮かんだのではないでしょうか。鮮やかなプルシャンブルー(ベロ藍)は輸入の青なんですね。江戸の人はここにウエスタンを見たのですが、不思議なことに欧米の人はここにファーイースト(極東)を見るので、この青はジャパンブルーなどと呼ばれています。今でもサッカーのユニホームなどに使われていますよね。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の著作にも、「青い屋根の小さな家屋、青いのれんのかかった小さな店舗、その前で青い着物姿の小柄な売り子が微笑んでいる」(『新編日本の面影』池田雅之訳、角川ソフィア文庫)といった一文があり、「青」(藍)の印象が強いことが分かります。
今や浮世絵は日本を象徴する存在にもなり、それこそ、成田や羽田など、国際性のある場所に行くと、しばしば浮世絵を見かけます。近年はポケモン(ポケットモンスター)などのキャラクターも人気で、先日もオランダのゴッホ美術館に行った際に、ゴッホのタッチで描かれたポケモンの展示があって、多くの人が集まっていました。もしゴッホが今、生きていたら、こんなふうにポケモンを描いたんじゃないかという発想なんでしょうね。浮世絵もまた、現代の人々からするとポップアートのように感じるのかもしれません。

印象派の画家たちが愛した世界。
〝ワンダーランド江戸〟に迷い込む
――先生はどのような経緯で浮世絵に興味を持たれたのですか。
高校時代に足を運んだ西洋美術の展覧会で、私が好きな印象派の画家たちが浮世絵を愛していたことを知って、興味を持ちました。単純に「浮世絵ってかっこいい」「江戸文化って素敵だな」と思って、歌舞伎を見たり、相撲を見たり、浮世絵を読み解いたりしていました。その頃はまだ、趣味の範疇でしたが、〝ワンダーランド江戸〟に迷い込んだようで、大変新鮮に見えたのです。
当時、私は絵描きになりたいと思っていました。油絵の先生に個人指導を受けていて、大学受験の準備もしていたのですが、ある展覧会で浮世絵に出会い、次第に憧れのゴッホも興味を持った日本の美術を勉強したいと思い、大学で美術史を学ぶことにしました。
学芸員への憧れもあって大学院に進学しましたが、博士論文を執筆している後期課程で、大学で授業を行う機会をいただきました。まだ20代後半でドキドキしながら教壇に立つと、90分もの間、たくさんの学生が真剣に私の話を聞いてくれました。私は演劇やボーカルを経験していたので、(教壇に立つときも)自分は大変な舞台に立っている。これはすごいことだと思って、学生に楽しんでもらえる授業づくりに精力的に取り組みました。ただ、どんなに念入りに準備をしても、舞台に上がるとやりきれないことがたくさんあります。それも含めて受け取ってくださった、歴代の受講生の方には感謝しかありません。
先日、久しぶりに相撲を見に行くと、お茶屋さんで働いてる方が「僕、10年ほど前に紫先生の授業を受けていたんです」と声をかけてくださいました。「その授業で江戸文化に興味を持って、お茶屋さんで働いている」と聞いてすごく嬉しかったです。学生さんに楽しんでもらうには、私自身が楽しくなければいけないので、教壇に立つと今もスイッチが入って、テンションが上がります(笑)。
――今や浮世絵研究の第一人者でいらっしゃる藤澤先生の、はじめの一歩がゴッホだったとは意外でした。そういう興味の持ち方もあるのですね。
印象派や、後期印象派に属する作家が、浮世絵からインスピレーションを受けて素敵な作品をたくさん作っています。『ひまわり』で有名なゴッホもそのひとりなんです。色、構図、モチーフの選択などに、浮世絵が非常に大きな影響を与えたことが知られています。『タンギー爺さんの肖像』という作品の背景には、浮世絵が散りばめられています。ゴッホが浮世絵というフィルターを通して見た日本は、きっと温かくて、明るくて、魅力的だった。一種の理想郷だったんじゃないかなと想像します。
彼が実際に集めていた作品と同じ図柄の浮世絵版画を、機会があったら集めたいと思っており、これまで大切にコレクションしてきました。今は、学生さんと共有するために研究室に置いています。一緒に眺めると、本の中で見たことのある作品が教室の中にある、研究室の中にあるということに、まず驚いてくれます。
浮世絵版画が、当時はそば1杯分ぐらいのお金で買えたということにも、また驚いてくれます。その上で「たくさん摺られたから、浮世絵は世界各地に渡ったのよ」という話もします。浮世絵は身近な観点から国際交流を学ぶことができるツールのひとつではないかと思います。
教育と研究と普及の3つの柱を大切に。
それが研究者である私の役目
――『もっと日本を。もっと世界へ』という國學院大學のキャッチフレーズを連想しました。まさに体現されているのでは?
国際性を持つ仕事をしたいという思いは、私のどこかにあったと思うのですが、振り返ると、まずは足元を知りたいという気持ちがありました。浮世絵や日本美術を学ぶうちに、日本の作品は海外でとても大事にされているので、そこに研究者が行く必要性があったり、(先方から)求められたりして、海外の方と接する機会が増えていきました。
2023年の夏から秋にかけて、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学に客員研究員として滞在し、調査、研究を行う機会を得ました。ベルギーは、19世紀後半に「ジャポニスム」(浮世絵などの日本の美術工芸品が欧米に与えた文化的な影響関係)の影響を受けた国のひとつです。当時の建物や貴重なコレクションの数々からも、それが見て取れました。中でもベルギー王立美術歴史博物館の浮世絵は作品数が豊富で、保存状態が素晴らしく、何度もその調査に伺いました。バックヤードで上質な作品を多数見せていただき、調書を取りました。研究者としても、また美術を愛するひとりとしても、たいへん贅沢な時間でした。
その滞在には、海外に行って日本を見直すというテーマがありました。不思議なもので、いつも浮世絵が私を海外に、また新しい舞台に連れて行ってくれます。そして現地での貴重な体験を伝え、感動を共有する場所が教育の現場なのです。私の話を聞いて、日本の文化を携えて、海外で活躍したいと思う人が出てきてくれることを、すごく期待しているところです。
余談になりますが、この茶器セット(6客)は、ブリュッセルの大きなアンティークショップで、たまたま出会ったものです。海外に行って日本を見直しました。もう一つ、嬉しかったのが、この茶器を抱えて帰ってきたときのことです。ダンボール箱を1つ抱えて飛行機に乗ったら、たまたま隣の席の方がキャンセルされたそうで、幸いなことにその席に置かせていただけることになりました。ダンボール箱にシートベルトをつけて一緒に帰って来た、私の宝物です。
この茶器は海外向けの輸出品で、金の部分は渡航後に塗装した可能性があります。日本にはあまりないゴージャスな感じに作られていますよね。この茶器セットを見ると、私はこの旅を思い出します。
▼藤澤先生の宝物「ブリュッセルで出会った茶器」
――授業や研究の傍ら、浮世絵の普及にも精力的に取り組んでいらっしゃいますが、どのようなことを意識されていますか。
美術の世界は、「教育」と「研究」と「普及」という3つの柱を、特にうまく循環させることができる分野ではないかと感じています。大学を基盤に研究していると、その研究成果を展覧会などで発揮することができます。
例えば、その展覧会に関わる業務に学生を加えて、一緒に動画を作り、それを美術館や博物館で公開すると、未来の学芸員を育てるきっかけになります。実際に「展覧会でその動画と出会い、國學院大學ではこういう活動ができるんだと知って、入学した」という学生さんがいます。それはとても嬉しいことです。
授業では、現場での失敗談や裏話などを話すこともあります。私たち研究者は常に先端を走っている姿を学生に見せていかなければいけないので、なるべく新しいことを見つけに、外に向かっていくことを意識しています。
人間関係と同じようなつきあい方で
浮世絵とつきあってみよう
――浮世絵鑑賞を楽しむ方法を教えていただけますか。
まずは正直に、好きか嫌いかでいいと思います。もともと一般向けに販売していたものなので、自分の〝好き〟を見つけに行くつもりで、気軽に選んでみてください。その〝好き〟を、専用のノートを作って書き留めたり、誰かと話をしたりすると、自分の〝好き〟の傾向が見えてきます。人間関係と同じようなつきあい方で良いのではないかと思います。
展覧会は作品の点数が多いので、順番に丁寧にご覧になると疲れ果てます。ざざざっとおおらかにご覧になっても良いと思います。解説1分、作品20秒、といったように、文字で理解しようとする方も多いのですが、まずは作品と一対一で向き合って、その上で、自分の印象に残っているものをより丁寧に見る方法も良いと思います。その際も、自分が好きなのは色なのか、人物なのか、景観なのか、主題(テーマ)なのか。あるいは作家なのか、などと分析していただくと、〝好き〟の基準をつかめると思います。。
――自分の好みを知ると、より楽しくなるということですね。
刀剣乱舞など、ゲームやアニメーション、コミックスなどを取り入れた歌舞伎などが面白いと評判になっていますが、メディアミックスによって、日本の伝統文化が身近になり、中高生の皆さんにも親しみやすいものが増えてきたんじゃないかと思います。
何かを通して興味を持ったら、まずは皆さんのご自宅や学校から歩いて行ける、あるいは定期券が使える範囲で行ける、お気に入りのスポットをいくつか見つけて、複数回通っていただいてもいいと思います。お気に入りのカフェのような感じで、お気に入りの美術館や博物館があるって、ちょっと素敵じゃないですか。
――最後に、中高生へのメッセージをお願いします。
中学、高校で皆さんがされている「勉強」は、研究にほかなりません。小さいことでいいので、自分の考えや、自分が新たに気づいたことなどを足してみてください。それがきちんとした研究へのステップになっていくと思います。
私は「敷居は低く、志は高く」と思って授業をしているので、そこ(敷居)さえ飛び越えてもらえれば、いっしょにもっと奥へ進んで行けるのではないでしょうか。おそらく中学高等学校の先生方も、同じことを教育の現場で実践していらっしゃると思いますので、自分も未来を担う研究者だという意識を持って、楽しく勉学に励んでください。
<お知らせ>
國學院大學博物館にて、2026年5月23日(土)~6月28日(日)に、特別展「日本ベルギー修好160周年記念-美と知の交流の軌跡-」が開催されます。160年の歴史の中で育まれた日本とベルギー友好の軌跡を、「美」と「知」をキーワードに構成。ベルギー王立美術歴史博物館所蔵の珠玉の浮世絵と、國學院大學の浮世絵コレクションなどをご覧いただけます。ぜひ博物館に足を運んでご堪能ください。
特別展・企画展▶︎ https://museum.kokugakuin.ac.jp/special_exhibition/detail/2026_belgium160th.html
チラシPDF▶︎ https://museum.kokugakuin.ac.jp/files/user/2026_160belgium.pdf


藤澤 紫(ふじさわ むらさき)教授
東京都生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程満期退学。博士(哲学)。2014年から國學院大學文学部教授。国際浮世絵学会常任理事。研究分野は日本美術史、日本近世文化史、比較芸術学。近著に『めちゃくちゃわかるよ!浮世絵大図鑑』(2025ビジュアルだいわ文庫)、『クイズで学ぶ浮世絵入門』(2025小学館)、その他『鈴木春信絵本全集』(勉誠出版)、『遊べる浮世絵−体験版江戸文化入門−』(東京書籍)など多数。「くもんの子ども浮世絵コレクション・遊べる浮世絵展」やNHK「浮世絵EDO-LIFE」の浮世絵監修も務める。またNHKの番組「趣味どきっ! 浮世絵で体感! リアルな江戸LIFE」の講師や、「チコちゃんに叱られる!・浮世絵の謎」に出演するなど、浮世絵の魅力を幅広い層に向けて発信している。
【取材日/令和7年7月29日】