昨年度から始まった國學院大學の学びをご紹介するこの連載。今年度は学部長の先生方に伺います。第五回 は経済学部 学部長の星野広和先生です。経済学部には「経済」と「経営」、2つの学科がありますが、近年は「経営」が人気のようです。その理由や経済学部で学ぶ意味について、本校で社会科を教える吉田 勝先生が訊きました。
大学は研究を土台とした教育の場
――経済学部には「経済」と「経営」、2つの学科がありますが、中高生にはその違いがわかりにくいようです。先生はどのようにとらえていますか。
「経済」と「経営」とでは、そもそも主体が異なります。経済は「(市場や政策を中心とした)社会全体」になります。経営は「企業や組織(非営利も含む)」になります。経済は世の中を俯瞰して見ることから、自分との接点を持ちづらく、わかりにくさを感じるかもしれません。
具体的なものに置き換えて話をしたほうがわかりやすいと思いますが、経済はそれがしにくいのです。例えば日本銀行に置き換えて話をしても、その正体がわからず、「日銀ってなに?」「どこにあるの?」「何をしているの?」という話になりがちです。
一方、経営は中高生も消費者の一人なので、身近に感じられるのではないかと思います。例えば、学生に「トヨタは何の会社?」と尋ねると、「自動車」と答えます。その通りですが、原点は「織機」です。自社開発した動力織機で特許を取り、織機の縦糸と横糸が高速で動く仕組みとエンジンが似ていたことから、自動車の開発に結びつきました。また、品質を管理するために、織機のメカニズムを応用し、不具合が出たときに信号で知らせる装置を作っています。トラブルが起きたときにはみんなで原因を探します。経営ではそういう話ができるので興味を持ちやすいのです。
近年、経営の人気が高まっていることから、本学部では令和2年度より3学科から2学科(8コース制)に改編しました。現在はどちらの学科も255名を定員とし、経済学科では日本と世界および地域の経済の仕組みを、経営学科では組織運営と会計から経営を軸に、横断的に学べるカリキュラムとなっています。3学科制のときに「経済ネットワーキング学科」で行っていた環境や地域、情報などの諸問題に関する学びは、経済・経営、両学科で継承しています。
――「わかりやすさ」以外にも経営学科の人気が高まっている要因があれば教えてください。
オープンキャンパスや面接で、高校生に「なぜ経営なのですか」と聞くと、「公認会計士」や「起業(経営者)」という言葉がよく出てきます。経営は職業と結び付けやすいところがあるので、選びやすいのだと思います。
ただ、経営を教えている立場からすると「それだけが経営ではないよ」といいたくなります。商学ではマーケティングや会計が中心になるかもしれませんが、経営学では戦略論や組織論、あるいはものづくりの手がかりなどイノベーションにかかわる話もしますので、経済学はもとより、歴史学、心理学、統計学や数学など幅広い知識が必要になります。
資格取得が主な目的であれば専門学校もあります。本学でも*K-PLAS(ケープラス)という課外の学内講座を実施していますが、大学で学ぶ意味は研究を土台とした教育にあると考えています。そこを理解して入学してほしいと思っています。
*K-PLAS(ケープラス) K-PLASは全学生を対象としたキャリアプログラムです。「国家公務員総合職コース」(中期目標として宅地建物取引士試験、行政書士試験合格を目指す) 「公認会計士コース」(中期目標として日商簿記検定試験3級・2級合格を目指す)があり、1年次から4年間かけて未来に向けた学びができます。 |
社会をよくするために人として大きくなれ
――経済学部の特色を教えてください。
本学部で学ぶ目的は、単に経済・経営の知識をつけるためではありません。学修した知識を用いて社会をよくするためです。ですから、國學院ならではの人間力を備えた、総合力を武器に世の中に貢献する人材を育てたいと考えています。それが、本学部の独自性でありブランドです。
例えば神学を学べる大学は本学と皇學館大学、日本で2つしかありません。存在そのものに独自性がありますが、経済学部は必ずしもそうではありません。お店でいえば専門店ではなく定食屋さんに近く、経済と経営のメニュー(科目)を満遍なく取り揃えていることが重要だと考えます。
そのなかで國學院を選んでもらうには、すべての科目においてクオリティーが高く、コストパフォーマンスが高いと感じてもらうことが重要です。先生方は自分の専門分野において正しい知識を備えていますし、それを押し売りするのではなく、学生が身近なものに興味をもったときに、その先に広がる世界へ誘導してくれるはずです。
――先生はなぜ経済学部に進んだのですか。
数学が好きだったので理工系でもよかったのですが、歴史も好きで、高校の文理選択の時に欲が出たんですよね。苦手な国語や英語を勉強しようと思って文系を選び、法律よりも経済のほうがおもしろそうだな、経済を通して社会のことを学べそうだな、と思ったことが経済学部に進んだきっかけです。
――経済学部で学ぶにはやはり数学の力が必要ですか。
数学が必要というよりは数学的な思考力だと思います。数学と経済理論は、経済はもちろん経営でも必修です。経営のカリキュラムとして「行動経済学」や「ゲーム理論」などミクロ経済学の応用科目もあります。数学が好きに越したことはありませんが、数式を使わずに経済を教える先生もたくさんいますから、苦手意識をもたずに数学を学んできてほしいですね。
――先生が研究されているテーマを教えてください。
近年は企業経営の品質管理を研究しています。製品の品質事故は、技術の問題だけで起こるわけではありません。経営学に「人間関係論」という理論があるように、生産性や効率には人の気持ちや人間関係の問題が絡んでいます。私は昔からグループダイナミクス(集団力学)に興味があり、組織の面から事故が起きた要因を掘り下げる経営学者です。失敗は成功の母というように、失敗そのものは否定しませんが、なぜ企業は組織として同じ失敗を繰り返すのか。なぜ学習されないのか。そこに興味をもって、失敗を繰り返すメカニズムと本質を探っています。
――経済学部の科目のなかで、先生が興味をもっている科目はありますか。
個人的には「経営史」ですね。渋沢栄一などを軸に研究をしている先生がいて、歴史の学び方や、経済や産業と絡めた視点や見方などを学べます。
――経済学部で学ぶおもしろさはどのようなところにあると思いますか。
なぜ、こういうことが起きているのか、改善策はないのか、といった身近な疑問について深く掘り下げ、一定の答えを見つけられるところだと思います。それは社会の身近な問題を自分事としてとらえ、こうすればもっとよくなるのではないか……、と考えることから始まります。ところが最近は、社会の身近な問題にあまり興味がない学生が増えています。自分よりも優れた人がやってくれるだろう、というような思いがあるのかもしれません。
アメリカに留学したときに気付かされたのが、日本には不便がない、ということです。豊かな暮らしのなかで、世の中を変えるという気構えを持つことは難しいことだと思いますが、本来は一人ひとりが世の中を変える立役者です。これからは若い人が少なくなるので、一人ひとりが自立しなければ社会は立ち行かなくなると思います。まずは家族や目の前のことを自分事として考えるところから始めてほしいと思っています。
全員が卒論に取り組む価値とは
――大学で学ぶ意味についてはどのようにお考えですか。
卒業生と話すと「大学時代にもっと勉強しておけばよかった」という人が少なくありません。その「勉強」を専門性を高めることだと思っている人が多いのですが、私は大学生のうちに教養を広げたり、論理的思考を磨いたりしてほしいと思っています。
パソコンでいうとOSです。OSのスペックが低いと、良いアプリがあってもうまく使いこなせません。今の学生はたくさんの情報をたやすく入手しますが、集めた情報をうまく活用する力や足りない情報を補う力は不足しているように思います。
例えば「相関」です。「相関」を知っていれば、自分の頭で考える指針になると思います。プロ野球の順位と相関しているものは何か。それは「打力であり、投手力はあまり関係がない」という一つの仮説があれば、「だからこのチームは打力に優れているのか」「あのチームは今年はダメだけど来年はうまくいくかもしれない」などと、考えを広げることができます。論文を書く際にも、仮説を設定し、過去のものに基づいて現状を考察、検証しなければ、調べただけになってしまいますから、情報を疑うことから始めてほしいと思っています。
令和2年度の改編により、経済学部では卒業論文(ゼミ生)、および卒業レポート(ゼミ生以外)が必修化されました。ゼミは必修ではありませんが、約8割の学生が入っています。かつては5〜6割程度でした。アンケートを取るとゼミに入った学生の満足度は高く、教員との関係性だけでなく、友だちや先輩と就活についても共有できて充実しているようです。個人的には「大学で何を勉強してきたか」という問いに、端的に「これです」と胸を張っていえるものを持てることが、卒論に取り組む価値であろうと思っています。
【取材日/令和5年8月22日】