昨年度から始まった國學院大學の学びをご紹介するこの連載。今年度は学部長の先生方に伺います。第2回は観光まちづくり学部 学部長の西村幸夫先生です。2022年度よりスタートした同学部。「観光まちづくりって何?」「文系も理系も受験できるってどういうこと?」 1期生が抱いた素朴な疑問について、本校卒業生の山口さくらさん(國學院大學観光まちづくり学部2年)が訊きました。
「観光」と「交流」を軸に、まちづくりの手法を学ぼう
――私は観光学部を志望していたので、國學院大學に観光まちづくり学部ができると知って迷わず進学しましたが、なぜ、このような学部を創ったのですか。
ご存知の通り、人口減少や少子高齢化が進み、特に地方ではお祭りなどの行事を簡素化する傾向にあります。神社にしても、一つの神社では人を雇用できず、複数の神社でまとめて管理せざるを得ない実状があります。國學院大學は地域のお祭りを司る神職の方々を数多く輩出している大学ですから、そうした地方の現状や課題を重く受け止めて、活気あふれる地域の実現に寄与できる新しい学部を創ろうと考えたのだと思います。國學院は創立当初より日本の伝統文化を大切に、歴史、文化、国学を中心とした教育を行ってきました。この機会に理系志望の人にも門戸を広げたいという考えもありました。
相談を受けるなかで、文系と理系が重なるようなところから無理なく学びを広げていける「まちづくり」が適しているのではないかと考えました。歴史都市の保全は私の専門分野です。これまでも自然や文化、歴史を活かしたまちづくりに関わり、元気になった地域をいくつも見てきましたが、住み慣れた人たちが地域を客観的に見つめ直すということは簡単なことではありません。地域の魅力は多様だからです。外の人の視点も必要なので、「観光」と「交流」を軸に、持続可能な地域の実現を目指し、その活動に貢献できる人材を育てる学部を創ることにしました。
「地域を見つめる。地域を動かす」というキャッチフレーズの、「地域を見つめる」とは地域の人と交流し、調査や検証を重ねて、地元の人が見過ごしている強みや魅力を外からの視点で掘り起こすことです。「地域を動かす」とはその魅力や可能性をもとに未来を描き、地域内外の交流へつながる施策を考え、そこに住む人たちと一緒にまちづくりを進めていくことです。
「観光学部」ではなく「観光まちづくり学部」としたのは、旅⾏会社や宿泊・観光施設など、産業側の論理から「観光」を考えるのではなく、地域に軸足を置いて、多角的に「観光まちづくり」の手法や考え方を学べる学部だからです。必然的に他大学の観光学部とは一線を画した、独自性の高い学びができる学部になっていると思います。
――夏休みのオープンキャンパスで「文系も理系も入れます」という話を聞きました。どういうことかな、と思いましたが、そういう背景があったのですね。
オープンキャンパスでは「数学は苦手」という学生さんからの質問が多かったです。結論から言えば、数学が苦手でも問題ありません。例えば、仲野潤一先生の「データサイエンス」の授業に興味を持てば、(高校時代の)文系・理系に関係なく履修するでしょう。面白そうと思えば、学ぶ内容が多少難しくても努力して乗り越えられます。専門家にならずとも、身につけた知識やスキルは、社会に出てからその道に詳しい人と関わる際に役立つと思いますので、あまり心配しないでいろいろな科目に目を向けて学んでほしいと思っています。
選択肢の幅が広いので、道標として6つの履修モデルを用意しています。自分はどのような学びがしたいのか、どのような方向に進みたいのかを考えるために用意した、地図のようなもので、必ずしもその通りに履修する必要はありません。ガイドブックで紹介していますが、基礎期(1年後半から2年前半)の「展開科目」(観光まちづくりに関わる多様な専門領域の学び)については、どのモデルにも1類から4類(社会/資源/政策・計画/交流・産業)の4分野をバランスよく履修してほしいという思いが反映されています。好きな分野にとどまらず、街のこと、自然のこと、歴史のこと、事業のこと……。いろいろな方面から観光について語れる知識を蓄えた上で、自分が一番関心をもつ分野を選んで、そこを深く掘り下げていってほしいのです。
――観光まちづくり学部は先生方の専門領域が幅広いですよね。そこも特色と言えますか?
1類から4類の専門家を集めると、必然的に幅広くなりますよね。分野が違うと通じ合うことが難しい、と思われがちですが、本学部の先生方はそれぞれがまちづくりに関わり、その活動をベースに研究しています。持続可能なまちづくりには地域の「共存共栄」のメンタリティが欠かせません。そこが共通しているのでうまく連携が取れています。
例えば、ホテルAとホテルBはライバルですが、シェアの奪い合いではなく、地域の魅力を活かすという点では異論がないはずです。切磋琢磨し合ってお互いに良い状態になっていくことで地域は活性化します。一事が万事、自分たちの事業を行うにあたり、100%合意できなくても、皆が「共存共栄」の考え方をもって活動している地域は強いのです。
本学部の先生方もその考え方をもっています。コミュニケーションを取れる人が集まっていますので、学部全体、あるいは大学全体が盛り上がるためにすべきことを一緒に考えることができます。信頼関係を築きやすく、教員同士の会議などもすごくスムーズです。学生に対しても親身に接して、良い関係を築いています。学部ができて2年目ですが、初年度から熱心な学生が集まり、本学部特有の学びを提供できていると思います。
――ゼミ形式の授業が豊富です。私は石本東生先生の「基礎ゼミ」で栃木へ行き、蔵について学びました。小林稔先生の「基礎ゼミ」では「じゃがまいた」という栃木のお祭りに参加しました。梅川智也先生の「草津ゼミ」も面白く、この先どのように学びが広がっていくのか、わくわくしています。
ゼロから創った学部だからできたことですが、我々が科目として考えたものは、今の「基礎ゼミ」に反映されています。普通なら大教室で、講義形式で行うような科目も「基礎ゼミ」としたのは、早くから少人数で話を聴く機会を創りたかったからです。(部活の仮入部期間のように)約2か月間かけて複数のゼミに参加してもらい、自分が一番深く関心をもっているものに気づいてほしいという狙いもありました。自分の目で見たり、耳で聴いたりしたことが、大教室での学びとつながれば勉強にも身が入るでしょう。そうした形で地域とキャンパスを行ったり来たりしながら、少しずつ考えを深めていく学びができるよう構成しています。
――「じゃがまいた」に参加して、こんなに地域と連携が取れるんだ、という新鮮な驚きがありました。同時に、伝承の難しさや、高齢化・少子化による(地域コミュニティの)縮小など、複数の問題点に気づくことができました。先生がおっしゃるように、現地の方と交流して関心が広がりました。
参加人数が決まっているので必ずしも第1希望に全員行けるわけではありません。第2、第3希望になる人もいますが、初めて訪れた土地では特に、「自分のイメージと違った。それが面白かった」という感想を聞きます。それも貴重な体験です。
観光をキーワードに人づくり。きっと就職に強い学部になる
――久我山の女子部には、茶道や華道など日本文化を学ぶ特別講座があります。そこで学んだ知識を生かせる場所はありますか。
小林稔先生、石垣悟先生は、もともと文化庁にいらした民俗学の専門家です。日本中の民俗芸能、歌、踊り、お祭りなどに詳しく、そういう分野は日本の伝統的な習い事や文化とつながっている部分があると思います。
我々の学部の科目だけでなく、ほかの学部にも関心があれば学べる科目群がありますから、興味関心があればいろいろなことを学べると思います。全部ではありませんが、渋谷キャンパスで行われる授業をリモートで履修できます。そういう設備が整った教室も増えているので、学生にはどう利用するかを考えてほしいですね。
――私は小学生の頃からホテルで働くことを夢見ていました。卒業後の進路についてはどのようなイメージをもっていますか。
まずは観光業です。(展開科目の)4類はまさしくそこを目標としていますが、コアな観光にとどまらず、自ずと地域を盛り立てる、という方向に広がっていくのではないかと思っています。いわゆる「まちづくり」です。ホテルだけが素晴らしくても、周りに魅力がなければ寂しいじゃないですか。食にしてもホテルの中だけでなく、周辺に地域の食材が魅力の食堂があれば、興味をもつ人もいるでしょう。ほかの地場産業も同じで、地域の特色を出すことが大切です。地域を魅力的にする、という視点で物事を考えられる人を採用することは、地域に関連している事業者にとって悪いことではありません。むしろどんな業種においてもウェルカムだと思います。
いろいろな事業所にアンケートを取ってみると、想像していた以上にプラスの反応でした。地域に関心をもつ人を雇用したいという回答が多く、本学部が目指す学生像は社会で求められていると感じました。卒業生が出るのはもう少し先ですが、公務員も含む、どんなところに就職するのか、楽しみにしています。
――先生はこれまでいくつものまちづくりに関わってこられたと思いますが、どんなところに魅力ややりがいを感じていますか。
定点観測をすると、街の様子が明らかに変わっている地域がいくつかあります。10年スパンで変化していくので、長い目で見ると、都市は変化するものだという実感を持っています。また、人との縁が深まるところがまちづくりの一番の魅力であり、やりがいです。地域の皆さんにとって我々はよそ者ですが、お互いに街並みをよくしたいという気持ちがあるとお付き合いが続いていきます。
個人的な印象ですが、お祭りが盛んな地域はまちづくりがうまくいきます。お祭りには準備が必要なので、コミュニティがしっかりしてくるのだと思います。地域の皆さんがお祭りの価値をどこまで意識しているかはわかりませんが、都会に出た人もお祭りの時は戻ってきます。
そうした故郷を大事にする気持ちがあるかないかで地域の未来は大きく変わります。現場に行くとそれを実感できますが、講義でいくら熱弁をふるっても、頭でわかるのがせいぜいで、心ではわからないと思います。元気な地域をつくるには、心と心でつながるということが何よりも大事であることを4年間の学びの中で実感してもらえたら、この学部を創った意味があるのではないかと思います。
【取材日/令和5年6月21日】
じゃがまいた 栃木県小山市間々田で毎年5月5日に行われる五穀豊穣や疫病退散を祈願するお祭り。長さ15mを越える龍頭蛇体の巨大な蛇(ジャ)を担ぎ「ジャーガマイタ、ジャガマイタ」のかけ声とともに町中を練り歩く。平成31年に国の重要無形民俗文化財に指定。 |