昨年度から始まった國學院大學の学びをご紹介するこの連載。今年度は学部長の先生方に伺います。第一回は神道文化学部長の黒﨑浩行先生。「神道」を学べる大学は全国に2校しかありません。特別な学問? 神職を目指す人ばかり? 将来にどう役立つのかな? 「入学前に抱いていた」という疑問を、本校卒業生の和田朋之君(國學院大學神道文化学部4年)が訊きました。
宗教や文化への理解を深め、多様な人々が共生できる社会を
――私は社家(代々神職を務める家系)の生まれなので、國學院大學に「神道文化学部」があることを知っていました。久我山中学を受験したのも、そこを目指していたからですが、神道文化学部の学生は神職※1を目指す人ばかりではありません。実際どのような人が学んでいますか。
神道文化学部を卒業する学生の約6割は神職になっています。國學院大學は建学以来、神職養成の使命を担ってきました。本学部はその使命を継承する立場なので、神職を目指す学生は目的が明確です。神職の子女でなくても神職に就けるので、一から学んでいる人もいます。
一方、私たちの暮らしの中に溶け込んでいる神社や、神道を中心とした日本の伝統文化に興味がある。あるいは、神道以外の国内外の宗教や、宗教に関わる文化を学問として学んでみたい、という学生も3~4割はいます。手を合わせて神様にお願い事をしたり、神社を参拝したり、お祭りに参加したりした経験は誰にでもあると思います。近年はアニメなどポップカルチャーの作品を通して神道やスピリチュアルな世界に関心を持ち、もう少し専門的に学びたい、という思いをもって本学部を志望する学生も少なくありません。
本学部で学ぶ動機や目的はさまざまですが、4年間の専門的かつ実践的な学びを通して「神道文化」や「宗教文化」への理解を深め、宗教や文化の継承者として、多様な人たちが共に生きる、グローバルな社会づくりに寄与する人を育てていくことが、本学部のアドミッションポリシー(求める学生像)です。
社会は絶えず変化していますから、神道を「昔からあるもの」として伝承するのではなく、何を守り、何を変えざるを得ないのかを見極めながら、次世代へつなぐことが大切です。例えば神社は、その土地に暮らす人々と円滑なコミュニティを築き、お祭りや神事の担い手になってもらうことにより神道文化を継承してきました。また、2011年の東日本大震災の時には、地域の絆を取り戻す上で神社が果たした役割は大きいものがありました。
ところが今は、地方では人口減少、都市部では価値観の多様化などを理由に活動を続けることができないケースが増えています。被災地も例外ではありません。神職に就いて、そうした社会課題に直面した時に、地域やコミュニティと連携しながら、主体的に考え、行動できる人に育ってほしいのです。企業にも理念や文化があります。その意味や価値に寄り添い、思考を巡らせる本学部での学びは、神職に限らず、神職以外の道に進みたい人にとっても有意義なものになると思います。
――神道文化学部を知らない人に向けて、ここで学べることを具体的に教えてください。
神道を学びの軸に、世界のさまざまな宗教と宗教に関連する文化(以下、宗教・文化)を学べます。単なる比較ではなく、神道を中心とした日本の伝統文化を十分に学んだ上で、神道以外の宗教・文化との比較ができるところが、本学部の学びの特色です。
例えば、古典として位置付けられている『古事記』と『日本書紀』を読み解き、古代から存在している神社の成り立ち、国家社会と神社とのかかわり、仏教との影響関係の中で培われた神道思想などを学びます。世界のさまざまな宗教・文化を学び、「宗教学」という立場から人の営みとしての宗教を比較します。宗教文化を深く学ぶ一助となる「宗教文化士※2」についても、資格試験の対策講座を設けて資格取得を促しています。
授業には講義形式と演習形式があります。演習形式では学生がテーマを見つけ、データや資料を集めます。現地へ行ってインタビューすることもあります。集めた情報をまとめて発表し、意見を交わして理解を深めます。
私が担当する「宗教学演習」には、現代の社会的な課題と宗教・文化との関わりに関心をもつ学生が集まっています。その中には、少子高齢化や過疎化が進んでいる地域、あるいは地震などの大規模な災害で被災された地域における、神社のお祭りが果たしている役割について関心を持つ人もいれば、神社とその周辺の人たちで取り組む「鎮守の森の保護」と環境問題、最近ではSDGsとの関わりや可能性に関心を持つ人もいます。あるいは、ヒップホップなど宗教と関わりのある音楽に関心を持つ人もいて、それぞれが自分のテーマを掘り下げようと真摯に演習に取り組んでいます。
宗教・文化を研究対象に、考古学や神話学、民俗学、文化人類学など、さまざまな領域からアプローチできるところも本学部の特色であり、様々な専門領域をもつ教員が集まっています。一人ひとりが最新の研究成果を授業に取り入れて、学生の知的好奇心を刺激する授業を行っていると思います。そうした環境の中で、学生には自ら学ぶ姿勢を養ってほしいと思っています。
神職養成に関わる科目では、祭りの作法や神社の管理など、実際の現場で役立つことを学べます。2年次から始まる神社実習では、神社(全国各地)に1週間程度宿泊して、実際に神社のお祭りを手伝い、講義を受けます。「書道」「和歌」「雅楽」など、日本の伝統文化を体得する講座もあります。
情報化社会でも必要とされる神道をはじめ宗教や文化の学び
――「神道教化システム論」は、グループでテーマを決めてWebサイトを作るなど、実践的な授業なのでとても楽しいです。家の神社のサイト運営にも役立っていますが、神道文化学部にこうした授業があるとは思っていませんでした。なぜ、この授業を行うことにしたのですか。
創立120周年(2002年)の改組により、文学部神道学科から神道文化学部になりました。その時に「情報化」と「国際化」に対応できる人材の育成を方針の一つに掲げて、「神道と情報化社会」「神道と国際交流」という科目を作りました。その後も社会の変化に応じて新しい科目を設置しています。「神道教化システム論」もその一つです。
この授業が始まった当初、神社が運営するWebサイトは約600でしたが、現在は約1400あります。ここ10数年の間にSNSによる発信や、神社やお祭りを維持するためのお金を集める方法として、クラウドファンディング(インターネット上の募金活動)を活用するケースも増えています。和田君のように学生の中にもサイトを運営している人がいますから、スキルや注意すべき問題点を学べる本講座を設けた意味はあったのではないかと思います。
卒業生の中には神社や寺など、日本の宗教の情報発信をサポートする企業を立ち上げた人もいます。神社に関心を寄せるのは日本人だけでなく外国人もいますから、神道を学んだ人たちが、この授業を通じてインターネットを活用した情報発信を盛んに行い、架け橋になってくれたら嬉しいです。
――神道文化学部で学ぶ学生はどんな職業に就いていますか。
神職を除くと、一番多いのはサービス業です。冠婚葬祭業など、神道文化学部での学びを生かせる企業を選ぶ人もいます。他の業種では、小売業や教職に就いている人もいます。私が感心しているのは、就職活動の際に、企業の創立理念や哲学に心を寄せて、自分の知識や学部での学びと照らし合わせてメッセージを作り、面接でしっかり伝えて、内定をもらう学生がいることです。
多文化共生に欠かせない、神道の謙虚さや寛容性
――国學院大學の基軸はやはり神道にありますか。
大學の理念に「神道精神」が謳われています。それは、日本の文化や精神を守っていくという姿勢(主体性)をもつと同時に、神々、自然、あるいは他者への謙虚さや寛容性をもつということです。
本学には神道文化学部だけでなく、すべての学部の学生がこの神道精神をベースに学んでいける環境があります。異なる文化や背景を持つ人たちが同じ社会で一緒に暮らしていますから、共に生きるための配慮や知恵を身につけて、社会の中で生かしていける大人になってほしいと思っています。
――神道文化は、今後も若い人に受け入れられると思いますか。
「聖地巡礼」はアニメから始まっています。アニメファンが作品の中でモデルとなった神社に足を運んで参拝し、絵馬にアニメのキャラクターを手描きして奉納する、ということが、10年ほど前からかなり盛んになっています。
そういうことを研究している研究者によると、神社の参道から見える奉納場所には「病気平癒」「学業成就」「商売繁盛」など、よく見られる願い事を書いた絵馬ばかりですが、参道から見えない裏側の奉納場所には、「イタ絵馬」といわれる、キャラクターが描かれた絵馬がたくさん奉納されているのだそうです。神社に来るアニメファンは、何かしらそこに伝わっているもの(神道精神や伝統文化)を大事にしながら自分の興味を満たす、謙虚な人たちであるという考察をしていました。
――面白いですね。私は今、ゼミで「陰陽道」について調べているのですが、これも漫画や小説から来ています。ポップカルチャーの存在は大きく、古事記までもが海外の人に伝わっていると思うとわくわくします。
伝統文化に高い壁を感じる人もいますが、海外で日本文化を研究している人に話を聞くと、子どもの頃から日本のアニメに慣れ親しんできた人が少なくありません。例えば宮崎アニメに触れて興味をもち、日本の宗教について勉強していくうちに研究者の道へ進んでいったという具合です。彼らのように、面白い、もう少し詳しく知りたいな、という気持ちが芽生えたら、勇気をもって、一歩を踏み出してほしいですね。
※1 神職 神社に仕えて神事を司る者の総称。一般的には「神主さん」とも。 |
※2 宗教文化士 日本や世界の宗教の歴史と現状について、専門の教員から学び宗教への理解を深めた人に与えられる資格。宗教文化教育推進センターが資格の 認定等を担う。宗教文化についての知見を活かし、観光などのサービス業、教育、商社など様々な場面での活躍が期待できる。試験は年2回。 |
【取材日/令和5年6月19日】