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第2回 平藤 喜久子 先生(神道文化学部教授)

 初詣、合格祈願……。身近な存在なのに、意外に知らないことが多い「神社」。今回は本校中学男子3年のA君と中学女子3年Bさんが、神道文化学部の平藤喜久子先生の研究室をお訪ねし、日本の神話や神様、神社をめぐる疑問について伺いました。(敬称略)

平藤 喜久子(ひらふじ きくこ)先生 1972年山形県生まれ。國學院大學神道文化学部教授。専門は神話学、宗教学、宗教史。『神話学と日本の神々』『神話でたどる日本の神々』ほか著書多数。

 自然、神道、國學院

平藤 日本人にとって神様は身近な存在であり、生活と密着しています。神道は人々の暮らしの中で自然に生まれ、古代から現代に伝承されてきた日本固有の宗教です。神に姿形はなく、日々の平穏無事を願う人々が、天や山や海や自然現象などをはじめとする、あらゆるものに神の存在を感じて拝んだことが始まりとされています。その神道と國學院が深い関係にあることを知っていましたか。
A君 神道や仏教に関心があるので知っていました。僕は歴史以外にも、日本人の心の持ち方に興味を持っています。例えば武士道です。それを身をもって体験するために空手を習っています。
平藤 國學院大學の前身である皇典講究所ができたのは明治時代(1882年)です。当時から神道との関わりは深く、1919年に國學院大學となり、2002年に神道文化学部が生まれました。
A君 珍しい学部ですよね。
平藤 そうですね。独自性の強い学部なので、神職を目指す人はもちろんのこと、日本文化や歴史、武道など、心惹かれるものを持って入学する学生が多くいます。また、この学部の魅力は様々な視点でアプローチでき、世界と比較して理解を深めていくことができるところではないでしょうか。今回はその一端を感じ取ってもらえたらうれしいです。
Bさん 私は会津に住む祖父がおもしろおかしく話してくれる歴史の話が大好きでした。小学生の時は歴史マンガを夢中で読んだり、近所の神社に足を運んだりしていました。歴史を深く知ることが楽しくて楽しくて……。
平藤 二人は興味の方向性が違うので、いろいろな話ができそうですね。 

 神様も悩み、失敗する

平藤
 では、質問をどうぞ。
A君 中国から仏教が入ってきて、神道はどのような影響を受けましたか。
平藤 良い質問ですね。日本文化を考える際に仏教の影響は重要です。仏教が正式に伝わったのは6世紀中頃と言われています。仏様を「蕃神(ばんしん)」、つまり外国の神様と呼んで受け入れる人がいる一方、受け入れない人もいて、戦いの末に、最後は受け入れていくことになります。そして神と仏は、同じようなものとして考えられていきます。仏教が伝わったことにより明らかに変わったのは、日本の神様も建物(「社(やしろ)」)を作って祀(まつ)られるようになったことです。
A君 仏教は神様の姿形にも影響を与えましたか。
平藤 私は今、神様の姿を造ったり描いたりするようになった背景を研究しています。資料がないので仏教の影響とは言えませんが、神仏習合という考え方が始まる奈良時代頃から神様の姿が描かれるようになり、一番古い文字資料には人間と似た髪型、服装をした神様が描かれています。
A君 日本の神様とキリスト教、ユダヤ教など外国の神様との違いを教えてください。
平藤 日本にはどんな神様がいますか。
A君 天照大御神(あまてらすおおみかみ)や大山祇命(おおやまつみのみこと)です。

國學院大學神殿

平藤 それぞれがどういう神様か知っていますか。
A君 大山祇命は山の神様です。天照大御神は…。
Bさん 太陽神。
A君 そう、太陽神!
平藤 キリスト教の神について知っていることは?
Bさん 神は一人です。そして神のもとでは皆平等です。
平藤 そうですね。キリスト教だけでなくユダヤ教、イスラム教などの宗教でも神様は一人です。つまり一神教です。一方、神道は多神教です。古事記などに「八百万(やおよろず)の神々」と表現されているようにたくさんの神様がいます。神話でいうと一神教よりも多神教のほうが物語は豊かです。主人公が多いのでいろいろな物語を描けます。また、一神教の神様は完璧な存在です。ですから物語も善か悪かという単純なものになりがちですが、多神教では悩む、失敗する、怒るといった、人間に近い神様が現れて物語が展開していきます。その違いがおもしろいところだと思います。
Bさん 「※因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)」など、日本の神話に登場する動物たちに意味はありますか。
平藤 ウサギのほかに、どんな動物を知っていますか。
Bさん ヘビ、大蛇、サメ…。
平藤 鳥もいますね。日本神話に登場する動物は、古代の人々の暮らしと関係が深い動物だと思います。例えばヘビは草むらや田んぼの近くで目にすることが多いので、水や田んぼの神様として描かれることもあります。でも世界の神話で英雄が退治するのは大概ヘビです。なぜヘビなのでしょう。ヘビの絵を見た乳児は恐怖心を抱くという実験例もあります。長い進化の過程の中で、ヘビへの恐怖が人間の心に刷り込まれていったと考えられます。
Bさん キツネが人間を化かすという話はどのようにして生まれたのですか。
平藤 古事記や日本書紀にキツネはそれほど出て来ません。キツネに悪いイメージを持つのは中国のようです。
Bさん 九尾(きゅうび)のキツネですか。
平藤 先日※殺生石(せっしょうせき)が割れたことが話題になりましたね。中国ではキツネが人間を化かす話が古くから伝承されています。それが日本に入ってきて、平安時代から「キツネに化かされる」という話が広まったと言われています。
 今の時代もそうですが、自然環境や暮らし方などによって出会う動物も違えば、動物に対するイメージも違うので、きめ細かく見ていくと新たな発見があります。これは動物に限らず、文化研究全般にいえることです。

※因幡の白兎
出雲神話の一つ。淤岐島(おきのしま)から因幡国に渡るため兎が鰐鮫(わにざめ)を欺き、その背を伝って渡ろうとするが最後に皮を剝がれる。苦しんでいると大国主神(おおくにぬしのかみ)に救われ、後に恩返しをする。
※殺生石
栃木県那須温泉付近にある溶岩。鳥羽天皇の寵姫玉藻前(たまものまえ)(金毛九尾の狐の化身)が殺されて石と化したもの。近づく虫や動物を殺したが、玄翁(げんのう)が杖で打ち、石の霊を成仏させたという。


 聖なるもの、聖なる場所

神奈備川(かんなびがわ)のせせらぎ

A君 道場の神棚にあるしめ縄や丸い鏡の意味を教えてください。
平藤 よく観察していますね。道場などの神棚には中央に天照大神、両隣に武芸の神様として知られる鹿島(かしま)神宮や香取(かとり)神宮の神様がお祀りされていることが多いです。しめ縄は神棚だけでなく岩や木に巻かれていることもあります。しめ縄には「他と分ける」という意味があり、しめ縄が張られることで人に拝まれるような神聖な場所になります。 鏡は「ここに神様が宿りますよ」という意味を持ちます。神道の神様はロウソクの火のように分けることができ、分けても元の火が弱くなることはありません。神様に来てもらうためのロウソクにあたるものが、鏡であると考えるとわかりやすいかもしれません。
Bさん 神社の鳥居にも意味がありますか。
平藤 鳥居にはスタイル、素材、色などに違いがありますが特に意味はありません。八幡宮は全国に点在しますが、鳥居はそれぞれです。神様やご利益とは関係ありませんが、調べて分類するとおもしろいかもしれません。
 鳥居もしめ縄と同じで、神聖な場所であること、神社であることを伝える目じるしです。神社はもともとその土地に意味があり、聖地ゆえに祠(ほこら)や社ができて、祀る人が現れたと考えられています。信仰が始まった時期と神社ができた時期は異なるため、神社の境内から古墳時代や弥生時代の器の破片が出てくることがあります。

 夢中になる、それが幸せ

平藤 いろいろ話してきましたが、二人にとってどんな時間になりましたか。
A君 新たな気づきがたくさんありました。とても有意義でした。
Bさん 日本と世界の神話を比べたことがなかったので、調べてみたいと思いました。
平藤 うれしいですね。比べる視点を持つと、物事を多角的に認識し、全体を把握して考えることができます。これは今の時代に必要とされる力です。私の役割は、「神話」を手がかりにこうした力を養い、日本文化への理解を深めて、世界の人々に発信できる学生を育てていくことです。
Bさん なぜ、日本の神話を研究しようと思ったのですか。
平藤 「神話」は科学に照らしたら、ありえないことかもしれません。しかし、そこから感じる何かが、神話の魅力でもあります。私はギリシャ神話や星座の話が好きでした。高校時代に古事記の内容を知り、ギリシャ神話と似ているところがあるなと思ったことがきっかけです。でも大学では日本文学を勉強しました。諦めきれずに大学院に進み、神話を学んだことが今につながっています。國學院大學は、長い歴史のある大學です。歴史があるということは「学問の蓄積」があるということ。学ぶ人を優しく受け入れてくれるおおらかな大学ではないかと思います。
 國學院大學とは、大学院時代にアルバイトとして日本文化研究所に入ってからのご縁です。2021年に神道文化学部で神話の観点から比較文化を教えるということで、移籍しました。
 好きなものがあると毎日が楽しいですし、探究し続けることによって、人生が豊かになります。ですから、皆さんにもぜひ好きなものを見つけて夢中になってほしいです。

【取材日/令和4年4月30日】