國學院大學久我山中学高等学校
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学びの泉・学びの杜 〝ちょっとのぞき見! ゼミの現場〟 第1回

第1回 考古学への入口「考古学調査法」

國學院大學の学びをご紹介する「学びの泉 学びの杜」。今年度は〝ちょっとのぞき見! ゼミの現場〟をテーマに、リアルを切り取ります。第一回は文学部史学科教授で、考古学を専門とする青木 敬先生のゼミです。考古学への入口となる「考古学調査法」の授業を通して、古代の人々の暮らしに魅了される学生たちのリアルに迫ります。

 

 TOPIC 1 
 考古学は「モノとの対話」

  考古学は歴史学の一つの分野です。文字で残した史料ではなく、遺跡の発掘調査によって掘り出した「モノ」(遺構・遺物)などを手がかりに、当時の人々がどのような生活を営んでいたのか。どのような社会を形成していたのかを検討し、歴史を復元していく学問です。
 そのため、考古学は「モノと対話する学問」などと言われますが、「モノ」はおしゃべりしてくれません。おしゃべりしてもらうには、興味をもって目の前にある「モノ」と向き合い、丁寧に観察しながら、対話の接点を見つける必要があります。
 その方法を探したり、史料を調べたりしながら、自分なりの見立てをする体験を重ねることによって、昔の人たちの文化とその歴史を読み解くための視座や、過去の人が残してきたものをどう理解して復元していくかという、考古学的な思考の組み立て方、すなわち応用力を身につけていきます。
 

 

 TOPIC 2 
 在学中に遺跡の発掘調査を体験できる!

 國學院大學文学部史学科には「日本史学」「外国史学」「考古学」「地域文化と景観(地理系)」の4コースがあります。1年次に基礎的な授業を幅広く受けた上で、2年次にコースを選択します。
 考古学コースは実習系の授業重視が大きな特色です。約10日間、実際の発掘調査に参加する「考古学実習」(夏季休暇中に実施)が軸になります。その背景には、現場に出て、実物に触れて、考古学とはどういう学問なのかを肌身で感じてほしいという先生方の熱い思いがあります。
 発掘調査の方法を学ばずに、いきなり現場に行っても何もできないため、発掘調査の基本的な手順や方法を勉強会形式で学ぶ、「考古学調査法」という授業を前期に設けています。例えば、現場で撮影した、遺跡の土が重なり合っている写真を大きく引き伸ばし、それを使って図面を書く練習をする授業もあれば、出土遺物をすべて出して、実際に触ってもらいながら、土器からどういう情報を読み取るかを学ぶ授業もあります。これらの授業は全コースの学生が履修可能で、例年、「考古学調査法」と「考古学実習」を通して考古学に魅了された学生が、青木ゼミに集まってきます。
 

 

 KEY POINT① 
 学年を超えた絆ができる! 

 「考古学調査法」と「考古学実習」は重複履修制度により何回も履修できます。つまり、2年次だけなく、3年次、4年次も繰り返し履修することができ、単位も取得できるため、在学中に複数回、発掘調査に参加する学生も珍しくありません。
 「寝食を共にしながら発掘調査に取り組み、一緒に汗をかくうちに、学年を超えた絆が生まれます。それが一番の財産であり、学生の成長につながっています」(青木先生)
 

 

 KEY POINT② 
 文化財を扱う専門職の就職に強い! 

 遺跡の発掘調査が都道府県へ移行している今、考古学を学べる大学でも、発掘調査における一定のノウハウを身につけて社会へ送り出すことが難しくなっています。学生自身が発掘調査を行い、発掘調査報告書を作成することができる國學院は、今や希少な大学です。発掘調査に伴い発行する「発掘調査報告書」(発掘調査成果のレポートとして考古学実習に参加した学生が作成する/刊行すると各地の図書館などに納められる)の制作を、学部生主体で行えるほど力をつけています。在学中に培った力を武器に、都道府県、あるいは市町村の文化財専門職(埋蔵文化財専門職員や学芸員など)に就く学生が多数います。
 

 

 TOPIC 3 
 「考古学調査法」の授業に潜入! 


 
今回は青木ゼミへの登竜門ともいうべき「考古学調査法」の授業に潜入しました。この日の授業は、今年度、初めて実習に参加する学生に、本物の遺物に触れてじっくり観察してもらうことが目的になります。3年生や大学院生も混ざって、考古学実習室は賑わっていました。
 テーブルには、大学で大切に保管されている土師器、須恵器、馬具など、貴重な遺物が所狭しと置かれていていました。中には馬の骨、鉄製品、刀、ガラス玉などもあります。こうした準備は、青木ゼミの上級生が行います。授業の冒頭で「ネイルは落としてきましたか」と呼びかけ、確認を取ると、3つの注意点を改めて伝えました。それは「高所で取り扱わないこと」「見終わったら元の場所に戻すこと」「壊さないこと」です。中には鉄製品など、化学変化を起こす可能性があるものもあります。また、遺物は元々壊れているものですが、破片を組み合わせて接合するなど、遺物の整理作業に尽力している人がいることを意識して扱ってほしいという思いも込められています。「ぜひ、この機会に『モノ』に関する知識を身につけて、実習に備えていきましょう!」という声かけにより一斉に遺物に手が伸びて、あちこちでおしゃべりが始まりました。

 

 例えば……。

青木先生 この土器をよく見ると、外見の色が随分違うと思いませんか。実はこっちはすごくざらざらで、後ろに回るとそのざらざらがなくなっていくのが特徴なんです。そこからどんなことが読み取れるでしょう。

学生 気になったのは、なんでこっちを「前」って呼んだのかなってこと。
青木先生 なるほど。それも関わってる。作った時には、これ(ざらざら)がつくとは思わないでしょ。
学生 (焼いた時に)灰が湧き上がるから?
青木先生 そう! まさにそう! 灰は焚口から投じられた燃料の薪が高温のガスによって巻き上げられて煙出方向へ飛んでいき、焼き物の表面に貼り付くんだ。つまりこちらが焚口側ってことなんです。
学生 あーっ。ああ〜!(笑)そういうことか。
青木先生 納得したでしょう。
学生 だから前後があるんですね。
青木先生 灰の中のガラス質が溶けて付くんだよね。ここだけ降灰している(灰がかぶっている)のは、重ね焼きをしていないから。つまり窯の焚口側を正面と見た場合、こっちが前で、こっちが後ということもわかる。

 他にも……。 

学生A すごくきれい!
青木先生 きれいでしょ。勾玉(まがたま)は形式が変化します。元々は頭のほうが大きくて、C字型になっているんですけど、6世紀ごろの勾玉はコの字型なんです。
学生A どうしてですか。
青木先生 コの字型のほうが作りやすいから。切り落とすほうが楽でしょ。
学生A そうか。
青木先生 C字型の勾玉は磨いて形を作るから、ものすごく時間がかかるんです。ちなみに、純粋に勾玉として使っていた時代のもので、今も残っている一番新しい勾玉はどこにあると思いますか。かなり古いです。
学生A こういう模様を見ればわかりますか?
青木先生 そうですね。はい、その線です。
学生A うーん。
青木先生 答えは東大寺法華堂の御本尊の不空羂索観音の宝冠です。あれが日本で一番新しい、現役の勾玉です。奈良時代だからねー。天平文化の代表例でしょ。
学生A 確かに。
青木先生 ゼミ旅行で行ったよな。
学生B あれ、勾玉だったんですか。
青木先生 そうだよ。

 あるいは……。

青木先生 この土器には、上に頸がついてますけど、最初は頸部がない状態で胴体のボールを作るんですよ。不思議なことに中に空気が入っていて潰れないんです。そして、ボールを作ってから、頸をつけるところに後で穴を開ける。これは古代の前半まであった作り方なんです。
 これは、そのボールを作る際に、てっぺんのところに円盤を貼った跡なんですよね。その円盤の部分をくり抜いて、頸部をくっつけるので、この円盤がきれいに残っているということは、真ん中をくり抜いてくっつけているということがわかるんです。これを風船技法と呼んでいます。
 また、90度に乗るようにつけているということは、頸部を別に作って、後からつけたということになります。頸をボールの上で直接巻き上げながら作ると、もっと粘土がはみ出るでしょ。そういう要所を見ながら、この土器がどうやって3次元で組み上がっていったのかをイメージできるようになってほしいんですよね。そこまでいくと、その技術がいつ頃のものなのかわかるから。
 一見、ただの土器だけど、知識と思考があれば、(土器は)しゃべってくれます。複数の情報を複合して、この土器がいつの時期のものかを、我々が読み解くということになります。

 こんなおしゃべりが、遺物を囲んであちこちで行われていました。驚かされたのは、90分間、学生の興味が尽きることなく、遺物を見たり、自分の見立てを口にしたり、先生や先輩の話に耳を傾けたり、質問をしたりしていたことです。令和の時代に育った大学生の中にも、古代に興味をもってさまざまな知識を蓄えている学生がいることがわかり、頼もしく感じました。 

 

 TOPIC 4 
 青木ゼミの学生にインタビュー


 
●渡邊世琉さん(4年)
  事実をもとに説明する考古学の手法は、
  社会でもきっと役に立つ

 ――國學院大學に進学した理由は?

 小学校の時、戦国時代をきっかけに歴史って面白いなと思って以来、熱は冷めることなく、大学でも歴史を学びたい、きちんと学びたいと思っていました。その思いを知る同級生から「歴史に強い大学」と聞いて志望したのが國學院大學です。

 ――なぜ、考古学の道へ?

 入学後、自分はなんで歴史が好きなのか、きちんとわかっていないところがあって……。なんか好きなんだよな、というレベルに留まっていた時に、青木先生の『考古学各論』(1年次)という授業を受けて、(掘り出した)モノから歴史を復元できる、日本の成り立ちを知れる、発信できる、というところにすごく興味を持ちました。
 当初は文献史学で日本中世史を研究しようと思っていましたが、青木先生の授業や実習を通して、考古学の学び方や歴史の復元の仕方にすごく面白さや興味深さを感じて、青木ゼミに入りました。

 ――青木ゼミでの学びについて

 ゼミでは基本的に自分のやりたいことに合わせて、青木先生が指導してくださいます。発表の場ではゼミの仲間たちと指摘し合います。古墳にしても、古代寺院にしても、興味・関心はさまざまで、それぞれが異なるものを研究しているため、発表を通して各方面の最新研究の動向を知ることができますし、考古学の多様なものの見方も学べます。そこがゼミのいいところだと思います。

 ――今、取り組んでいるテーマを教えてください。

 栃木県の「下野型古墳」という地域的特徴が際立つ古墳を研究しています。その特徴の1つ目は、きれいに形作られた石を使って、棺を埋葬する石室を作っていること。2つ目は、棺を埋葬する古墳の前方部と後方部がいずれも四角形であること(一般的には前方が丸型)。3つ目は段になっていて、1段目がすごく広いこと。私は「なぜ1段目が広いのか」という部分に着目して研究を行っています。

 ――ゼミでの体験を通して気づいたことはありますか。

 空想の世界や精神の世界をきちんと語るには、事実を示して、「だからこういうことが言えるんですよ」という、言わば科学的な方法が大事であるということを、考古学を学んで感じています。ですから卒業論文でも面積に着目し、事実ベースから語れることはないか、と模索してるところです。そういう説明の仕方は、おそらく社会でも必要とされるスキルだと思うのでやりがいがあります。

 ――考古学は進路に影響を与えていますか。

 考古学を学んで、より多くの人に歴史を知ってもらう活動に興味を持つようになりました。大学院に進学して専門性を高めた上で、例えば県庁の文化財課などを目指したいと思っています。

 ――最後に、久我山生に向けてメッセージをいただけますか。

 大学受験はある程度、将来の道筋を考えて受験するものだと思いますが、今、それが見つからなくても、思い詰める必要はないと思います。私は國學院大學で考古学を学んでから、やりたいことが明確になりました。いろいろな学習を経る中で、自分にはこういう興味があったんだという発見があると思います。


 
●小関渚咲さん(3年)
  さまざまな人との出会いにより、
  隠れていた自分の興味に気づき始めた

 ――國學院大學に進学した理由は?

 私は神道と、日本の歴史の中でも古代が好きで、古墳時代の祭祀や朝鮮半島での祭祀など、昔の祭祀の形に興味がありました。宗教考古学を学べるところに魅力を感じたので志望しました。

 ――なぜ、考古学の道へ?

 入学当初は文献史学で古代史を研究してみようと思っていましたが、青木先生の『考古学各論』で考古学と出会い、面白さを感じました。友だちも『考古学調査法』や『考古学実習』を履修すると言うので、私も受けてみようと思いました。実習で現場に出ると、実際に「モノ」が出てきたり、地層の断面などを見て考察したり……。すごく面白かったので、考古学を専攻することにしました。

 ――ゼミ活動で学んだことがあれば教えてください。

 今は、卒論に向けて自分のテーマ選びと研究手法を決めるために、先生が指定した論文や最新の研究などを読み込んで勉強している段階です。私は移住民による地域社会の変容をテーマに、どういう手法でそれを捉え、分析するかを考えているところです。

 ――ゼミでの体験を通して気づいたことはありますか。

 今までは博物館に土器が展示されていても、見た目にしか着眼点がなくて、土器の魅力をきちんと楽しめていなかったのですが。考古学を勉強し始めてからは、土器の形態だけでなく、制作技法や形態の変化などに目が向くようになり、展示をより楽しめるようになっていると思います。
 また、考古学の場合、実習などで共同作業を行うことが多いので、他の人と意見をどうすり合わせていくかとか、自分の意見をどう発言すればみんなにうまく伝わるだろうかとか、そういうことをよく考えるようになったと思います。

 ――考古学は進路に影響を与えていますか。

 大学に入学した頃までは、歴史を勉強して、一般企業への就職を考えていましたが、考古学を学ぶようになってから、私も行政の文化財や埋蔵文化財に関わる仕事に就きたいなと考え始めています。そういう職に就いている方からお話を聞くと、その地域にすごく愛着を持っていて、地域のことをものすごくよく知っているんです。また、その知識を地元の人たちに還元しようと積極的に活動されている姿勢に触れて、憧れを持ちました。私も地域のことに詳しい第一人者のような存在になって、外に魅力を発信していくような仕事がしたい。そのために自治体に入りたいと思っています。

 ――最後に、久我山生に向けてメッセージをいただけますか。

 私は歴史一直線というわけではありませんでした。元々は美術系の大学に行きたいと思っていました。そこから興味は宗教考古学に移り、大学に入学したら考古学に変わりました。大学に入ると世界が広がるので、(自ら視野を狭めないで)いろんなものを見ると、実は自分の興味のある分野が隠れたところにあったんだみたいな、新しい発見があるのかなと思います。 

 

 TOPIC 5 
 青木 敬先生の考古学への道

 僕は国学院大学久我山中学高等学校の卒業生です。考古学の世界に触れたのは、入学してすぐのことでした。本学考古学研究室のご出身で、旧石器時代を専門とされていた、浅野光洋先生と出会ったことがきっかけです。僕にとって最初の恩師です。中1の時のクラス担任で、放課後の掃除の時間にたまたま歴史が好きそうなメンバーと話をしていたら、「國學院大學には遺跡を調査・研究する考古学という分野がある。体力がありそうだし、歴史が好きなら、将来、そこで学ぶのもお勧めだよ」という話をされて、そういう世界があることを知ったのです。授業でも発掘調査の話をよくしてくださったので、興味が広がりました。
 バスケットボール部に入部しましたが、中3の時に膝を痛めてしまい、浅野先生に相談すると、写真部を勧められました。写真で記録を残すことは、遺跡調査の基本中の基本です。「将来、考古学の道に進みたいなら、自分の武器を持ちなさい。写真が撮れれば、1年生でも重宝されるから」とご指導をいただき、中3の途中で写真部に転部。フィルムの現像や焼き付けをこなせるようになって大学に進学すると、その通りになったのです。
 後に私の恩師となる?田惠二先生が「東京の多摩市で古墳の調査をやるから来ないか」と声をかけてくださり、記録写真の撮影を全部任せてくださったのです。1年生の夏休みですから、初めての古墳の調査です。まだまだ勉強不足でしたが、古代人の足跡をたどれる発掘調査は本当に楽しくて、専門としている古墳研究はそこから始まりました。
 振り返ると、出会いってすごいですよね。僕自身に自慢できることはないのですが、とにかく先生に恵まれました。小学校から大学に至るまで、要所要所で自分の進路を照らしてくださった先生がおられたおかげで、今、僕はここにいます。それが一番の財産です。
 

 

 取材こぼれ話
 学びたいという意欲がチカラになる

 國學院大學のオープンキャンパスで、たまたま僕がブースの担当をしている時に、高3生が来て、『考古学をやりたいんです』と告げられたんです。それも一つの出会い。直接、そう言われたので気にしていたら、ある時、1年生の演習でその子を見つけて、入ってきてくれたんだと嬉しい気持ちになりました。AO型入試で入って来た学生は、好きな分野で高い適応力を示す傾向があって、うちのゼミでは半分ぐらいが大学院に進学します。その子もその一人で、ここで学んだことを活かして専門職に就きました。


 

青木 敬(あおき たかし)教授

1975年東京生まれ。國學院大學文学部史学科教授。日本の考古学者。主に古墳時代と古代を研究。1998年國學院大學文学部史学科考古学専攻卒業。2003年國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(歴史学)。鎌倉市教育委員会学芸員、奈良文化財研究所主任研究員、国立歴史民俗博物館共同研究員、京都大学文学部非常勤講師などを歴任。著書に『古墳築造の研究』(六一書房2003年)、『土木技術の古代史』(吉川弘文館2017年)、『古墳図鑑』(日本文芸社‎ 2022年)、『古代官衙の造営と宮都の構造』(同成社2025年)、共著に 『考古学概論/初学者のための基礎理論』(ミネルヴァ書房‎2022年)など多数。本校の卒業生(1994年卒)。

【取材日/令和8年5月22日・6月11日】