國學院大學久我山中学高等学校
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学びの泉 学びの杜 〜学部長に訊く國學院の今(第4回)

第4回 茢田 真司 教授

 昨年度から始まった國學院大學の学びをご紹介するこの連載。今年度は学部長の先生方に伺います。第四回 は法学部 学部長の茢田真司先生です。法学部というと法や政治に関わる職業に就きたい人が学ぶ場、と思いがちですが、果たしてそうなのでしょうか。本校で社会科を教える奥村果歩先生が、法学部の学びについて訊きました。

 価値観の対立による諸問題を、主体的に解決できる人を育てる

茢田 真司(かりた しんじ)教授 1966年島根県出身。平成2年東京大学法学部卒業。平成4年同大学院法学政治学研究科修士課程修了。平成5年東京大学助手、平成9年國學院大學法学部専任講師、20年教授。令和5年度より法学部長。修士(法学)。専門は政治思想史、政治哲学。近著に『正義と差異の政治』(共訳・法政大学出版局2020年)。『差別の構造と国民国家』(共著・法蔵館2021年)。

 ――法学部といえば法学や政治学を学ぶ場ですが、どのような目的や方針を掲げていますか。

 高校までの学習のなかで、法律や政治はあまり触れられていない分野だと思います。ですから専門的な知識を一からしっかり学べるカリキュラムと、議論による合意形成を学べる機会を大切にしています。
 学部として目指しているのは、価値観の対立による諸問題に対して主体的に解決できる人材の育成です。グローバル化が進み、さまざまな価値観や文化をもつ人たちが混ざり合って、社会が複雑化している今、価値観の対立は私たちの身近なところでも起きています。そこに法律や政治を学ぶ意味があります。
 もっとも、実際には社会に貢献したいという明確な意思をもって入学する学生もいれば、法律や政治に多少の関心はあるけれど、その道に進む勇気を持てずにいる学生や、悩んでいる学生もいます。そうした多様なニーズに対応するために、本学部では「法律専門職専攻」(約50名)、「法律専攻」(約400名)、「政治専攻」(約50名)の3専攻制を取っています。「法律専門職専攻」では主に法曹三者(裁判官・検察官・弁護士)を目指すカリキュラムが組まれています。「法律専攻」と「政治専攻」では法学や政治学を軸に学びながら、自分の興味関心に対応した目標を描けるように、コース制を導入しています。

 ――その仕組みは卒業後の進路に反映されていますか。

 「法律専門職専攻」では毎年数名程度が東京大学、早稲田大学など他大学の法科大学院に進学しています。近年、司法試験予備試験(法科大学院を経ず、最短で法曹になれる試験)の成績を、法科大学院の受験に活用することが一般化しており、2022年度は予備試験経由での合格者も出ました。もちろん公務員や民間企業など他の進路を選ぶ学生もいますが、全体として高い意欲を持って、しっかり学んだ成果が出ていると感じています。
 一方「法律専攻」は入学時に将来の進路を決めていない学生が多く、4年間、じっくり学びながら考えているという印象です。「政治専攻」も含めて、民間企業に就職する人が多いですが、公務員志望の人が多いのも、法学部の特徴です。

 ――中高生にとって法学や政治学は少しハードルが高いと思います。法学部の学びとはどういうものかを教えてください。

 法学部はルールそのものを学ぶところだと思われがちです。法学部に入学したら六法全書を覚えなければいけない、と思っている人もいると思いますが、法学部ではルールを覚えることよりもルールの使い方を学ぶことに力を入れています。
 法律に基づいて解決すべき問題に1つとして同じケースはありません。当事者の話をよく聞いて、収集した情報に基づいて、よく考えた上で公正な視点で判断をする、ということが非常に重要になるからです。
 例えば、同じ犯罪を犯しても、裁判官の判断によって科せられる刑罰の重さが変わります。刑罰にはある程度の幅があり、どのような事情で、どのような犯罪を犯したのか、それらをどの程度考慮して、法律をどのように適用するのかなど、さまざまな観点から考えて判断しているからです。
 その判断において、これを当てはめれば適切な解を得られるといった公式はありません。実際に起きた事件などを題材に、自分で考えていくことで、判断力を磨いていくしかないのです。本学部ではそれが法学の学びであると考えています。
 一方、政治には基礎となる「ルール」がありません。基本的に自由に考えることができます。目的をどのように定め、それを達成するためにどのように行動するか、について、皆で話し合い、決定するのが政治です。ルールを作ることもありますし、別の手段を使うこともあります。極端なことを言えば、軍事力を使って一方的に押し付けることもできます。政治的な決定によって影響を受ける人々にとって、より良い方策を見出すために考える力や行動する力を養うことが政治学の学びになります。

 ――法律や政治を学ぶということは、判断力はもちろんのこと、広い視野や柔軟な思考、公正な視点など、さまざまな能力を磨くことになるのですね。

 そうです。法律や政治を学ぶことによって、「話し合いをしますよ」と言われた時に、どう進めれば皆が納得しやすいか、ということを考えて提案ができる思考回路もできていくから、法律や政治の専門家にならずとも、卒業生はさまざまな場所で活躍していると思います。


 自分で考え、行動することが大切。
 身近なことに目を向けて一歩を踏み出そう

 ――法学部の先生方はどのような研究をされているのですか。

 例えば憲法は、日本だけのものではありません。いろいろな国にあるので、イギリスの憲法的法規を中心に研究している先生もいれば、アメリカの憲法を中心に研究している先生もいて、それぞれのメリットやデメリットを抽出し、比較をしています【比較憲法】。
 他の法律では、プラットフォーム規制などインターネット上での取引における消費者問題【民法】、GPSを活用した電子監視の手法や有効性、人権の問題【刑法】、受刑者の高齢化による出所後の生活問題【刑事政策】、あるいは罪を犯した少年の処遇の問題【少年法】など、時代に即した研究テーマに取り組んでいる先生が多数います。
 政治には伊藤博文の専門家として知られている先生【日本政治史】や、ルーマニアをはじめ、東欧全般の政治に詳しい先生【比較政治】などがいます。さまざまな形で、学外でも活躍している先生もたくさんいます。
 私の専門領域は「西洋の政治思想史」です。講義では西洋世界におけるさまざまな政治思想を紹介しています。法学や政治学を学ぶ原点は価値観の違いにあるので、自分とは違う価値観に触れることにより、自分の価値観を相対的に見ることができるようになってほしいという意図があります。また、憲法と同様に、さまざまな政治思想のメリットやデメリットをとらえて適切に使い分けることが、価値観による対立を解決する際に必要な判断力の育成につながると考えています。

 ――國學院大學には国史・国文・国法を学ぶ教育機関として創立された歴史がありますが、そうした背景を感じさせる國學院らしさや特色があれば教えてください。

 國學院大學らしい特色ある科目としては「日本法制史」や「日本政治思想史」があります。いずれも建学の精神に見合うものであり、日本の法律や政治思想の原点を学ぶことができます。

 ――中高生はよく「ルールは何のためにあるのか」と言います。お話を伺ううちに、法学はそこがひっかかる生徒に向いている学問かもしれない、と思いました。

 「何のために?」という問いは、ルールや権力を考えるときに基本となる問いです。ルールは、ある目的を達成するために我慢を強いるもの、だと思います。目的に納得感があれば仕方がないと思えますが、納得感がなければ「何のために?」と言いたくなります。ルールを受け入れられるかどうかは、目的との兼ね合いで決まるのです。
 校則などの問題を話し合う時には、何のためのルールなのか、という抽象的な議論ではなく、この校則があることによって現状はどうなっているのか、なければどうなるのかということを考えてもらうと、学校生活のなかでルールがどのように作用しているかがわかると思います。
 政治も同様です。国の政治課題や社会課題も重要ですが、それよりも具体的な自分が暮らしている街が抱えている問題に目を向けて、解決するためにどのような人が関わり、何をしているのかを調べて考えてみると、政治の仕組みやプロセスが見えてきます。行政の人たち、政治家(区議会議員)、市民団体の人たちのやりとりによって解決策を図っていくことがわかると、政治や選挙の大切さを理解できるのではないかと思います。

 ――身近なところに目を向けて考えることが大切なのですね。

 国全体に関わる問題や外交問題などは、関係する人や事情が多い分、それについて考えるのは難しくなります。それを法学部では学ぶわけですが、中学生や高校生には、むしろ、身の回りの具体的な問題から政治について考えてみてほしいと思います。例えば区報や市報を読むと、自分が暮らす街でどんなことが問題になっているかがわかります。さらに詳しく知りたい、あるいはわからないことがあれば、区役所や市役所に聞きに行けばいいので、そんなことから始めてもいいと思います。

 ――先生はルールの意味をどのようにとらえていますか。

 人々の利害が衝突する局面で、人々を公正に扱うためにはどうすべきか。それを定めているのがルールです。利害だけでなく、自由が衝突する場合もあります。自由が衝突する場合に関しては普遍的なルールを適用しやすいですが、利害が衝突する場合に関しては個別の事情を考慮しなければいけないので、当事者の事情を聞き、それぞれの主張を理解した上で判断するということが必要になると思います。

 ――グローバル時代が進むにつれて、法学部で学ぶ意義が増すのでは?

 そもそも「法律」というルールが存在するのは人間の利害や価値観が異なるからです。世の中が複雑になるということは、そうした利害や価値観の対立が増えるということでもありますから、今後ますます法学部の教育や研究は重要性を増していくと思います。
 グローバル化の進行によって、ある程度お互いの価値感を尊重していかざるを得ない問題が増えています。従来の常識にとらわれず、それぞれの立場を尊重しつつ、柔軟に対応する力が必要な時代になっていることは間違いありません。中高生の皆さんには、今のうちから身近のいろいろなことに関わって、自分で考え判断し行動できる人になってほしいです。

【取材日/令和5年7月21日】