昨年度から始まった國學院大學の学びをご紹介するこの連載。今年度は学部長の先生方に伺います。第三回 は人間開発学部 学部長の太田直之先生です。「初等教育」「健康体育」「子ども支援」という3つの学科があり、本校の尾崎直輝先生(保健体育科/野球部監督)は健康体育学科の1期生です。「まずは人づくりから」という同学部の教えを、久我山で実践するなかで感じていることを中心に、太田先生に訊きました。
人づくりのプロを育成する学部
――私は野球が好きで、将来は体育の教員になって、野球の指導者になるという夢を持っていました。高3になって、國學院大學に人間開発学部ができるらしいという情報を耳にした時に、迷うことなくここだと思いました。新しい学部ですが、國學院大學は教員養成において歴史のある学校です。私の身近にも國學院大學出身の先生がたくさんいらしたので不安はありませんでした。結果的に、125名でスタートした健康体育学科は最高でした。
太田先生:お話のとおり、國學院大學は戦前から「中等教育」を中心に、多数の教員を養成してきました。今も国語科・社会科の教員は非常に多く、その実績から「教職の國學院」と呼ばれています。その伝統を受け継ぎ、教育学・人間発達学・体育学・スポーツ科学など人間科学を中心とする学術的・実践的な学問を教授し、小学校教員や保健体育教員、保育者、スポーツ指導者など、これまでにない分野で活躍する人材を育成する目的で、2009年4月に開設されたのが人間開発学部です。「初等教育」「健康体育」「子ども支援」という、3つの学科を設けています。
――なぜ「人間開発学部」という名称なのですか。
太田先生:誰もがそう思いますよね。教員養成に主軸を置いているので、「教育学部」でもよさそうなものですが、そうしなかった背景には「教育の前に、まず人間開発(人づくり)あり」という、新富康央初代学部長の熱い思いがあります。学生一人ひとりが持つ可能性が自然と顕れる、拓く、拡がるような環境を作っていこうというコンセプトを第一に掲げていたため、「人間開発学部」となりました。就活でよく、どんな学部かを聞かれるので、学生には「人間開発基礎論」という授業の中で学部の理念を伝えています。
――私は少人数の「ルーム制」が印象に残っています。週1日、同じ教室に集まっては、担任の先生から「教員になりたいなら襟を正しなさい」「授業をしっかり受けなさい」など、基本姿勢について一から教えていただいたことを覚えています。
太田先生:教員1名ごとに10名程度の学生を割り当てる「ルーム制」は、入学後の生活を円滑に進めてほしい、という思いから設置しました。本学部が人づくりのプロを育成するために大切にしている二本柱の一つ「少人数教育」の一環です。居場所としての役割もありますが、ものの調べ方やレポートの書き方、発表の仕方など、大学での学びの基礎を身につける場でもあります。3年の後期からは、演習や卒論の担当教員ごとに編成される「ゼミ制」になります。
――ルームでつながり、その輪が広がって、自然と結束力が高まりました。同じルームの仲間は特別で、今もつきあいがあります。
太田先生:「ルーム制がよかった」と言う卒業生は多いです。「学生一人ひとりに対して目が届きやすい」「教員との距離が近い」などの声も数多くいただくことにより「少人数教育」の成果を実感しています。
人づくりのプロを育成するために、もう一つ大切にしている柱は「実践的教育」です。学部を立ち上げた当初から、キャンパスのある横浜市の小中学校と協定を結び、現場に行って学ぶ「教育インターンシップ」(授業の一環。単位を認定)を実施しています。インターンシップで身につけた知識やスキルを継続的に磨けるように、「教育ボランティア」(単位の認定はなし)も同時期に始めました。
学部付設の「教育実践総合センター」が、学生支援と地域連携に努めてこの活動を支えています。「教育インターンシップ」や「教育ボランティア」は、教員を目指す学生の多くが受講していますが、年々多様化するニーズに応えるために、今では学校や保育の現場にとどまらず、スポーツ関連企業やチームに赴く「スポーツインターンシップ」(健康体育学科を対象)も実施しています。
――学生時代に現場を体験できると視野が広がりますよね。
太田先生:その通りです。学ぶ姿勢が変わる人もいれば、苦手なことが見つかったり、自分がやりたかったこととは違うと感じたりする人もいます。苦手だなと思っていたことが、経験を積むなかで慣れていくということもあると思います。教員には企業でいう見習い期間のようなものがありませんから、尚のこと「実践的教育」が大切であり、卒業生の離職率の低さに、その成果が表れていると考えています。近年、特に小学校教員の早い段階での離職が社会課題とされていますが、本学部の取り組みが解決の一助につながるといいなと思っています。
――時代や社会の変化に応じて、大学の学びも進化しているのですね。
太田先生:例えば健康体育学科では、スポーツ科学の最新の知見をいかに活かすか、を重要視して、スポーツ科学の専門的な科目を積極的に増やしています。より良い結果を出すために、体の成り立ちを学び、栄養学を学び、体を効率よく動かすためにはどのようなデータを取って、どのように分析し活用するか。そういうことをトータルに学べるカリキュラムを提供しています。
スポーツ心理学の伊藤英之先生が、メンタルトレーニングのスタッフとして硬式野球部に入って指導するなど、授業だけでなく、部活動に協力してくださる先生も出てきています。健康体育学科の先生とタッグを組んで、各競技の成果に結びつけていけたら面白いと思っています。
日本の伝統文化と人づくり
――國學院では「日本を知り、世界を知る」というスローガンを掲げています。付属校である久我山も「日本の伝統文化」を大切にしていますが、日本を学ぶ教育は人間開発学部の学生にとって、どういう意味があるのでしょうか。
太田先生:年々昔ながらの日本的な年中行事を行う家庭や地域が減少しています。教育現場でもグローバル化、多様化が進み、これまでの日本社会で当たり前とされてきたことに疑問を持つ人が増えてきています。価値観が多様な保護者や、さまざまなルーツを持つ子どもたちに対して、なぜ日本ではそういうことが行われてきたかという説明ができなければ、教員や指導者として十分な役割を果たすことはできないでしょう。
日本の伝統文化や歴史の理解は、社会の変化や、多様な文化のあり方を理解したり、考えたりする土台になります。それを学問として体系立てて学べるところが國學院の特長です。長年にわたり、国文・国史・国法を攻究する研究機関として積み重ねてきた歴史があるからです。その歴史と各学部の特長を重ね合わせて、学部独自の学びを提供しています。
本学部では人づくりにかける思いを重ねることにより、人づくりのプロを育成する学部にふさわしい学びを提供できていると自負しています。その1つが「日本の伝統文化」という授業(必修)です。日本の伝統文化の中でも日常に何気なく溶け込んでいる文化的事象、例えば年中行事や子どもの成長儀礼などに共通して存在する日本的な思想や伝統に着目し、日本社会ではなぜそれが当たり前とされてきたかを考えます。この学びは、企業や社会でも役に立つはずです。
――「健康体育学科」を中心に伺ってきましたが、「初等教育学科」や「子ども支援学科」の魅力も教えてください。
太田先生:“人づくりのプロを育成する”というコンセプトは3学科に共通しています。ですから、学びの環境としてはこれまでお話してきたことと大きな違いはありません。ただ、「初等教育学科」では教員を目指している学生の比率が「健康体育学科」よりも高く、学年の約7割が小学校教諭への道を拓いています。専門の先生方に教わるだけでなく、学生が主体的に集まり、自主ゼミのような形で学び合う環境もあり、自ら考えて行動できる学生が育っています。
「子ども支援学科」は幼稚園の先生や保育士の資格を取得できる学科です。学年の約半数以上が、公立・私立の幼稚園、保育所に就職しています。その他の学生は本学科で習得した最先端の知識を活かせる一般企業に就職しています。
いずれの進路であっても、手厚いキャリアサポートができる体制を整えていますので、学部としての就職率は98%を超えています。それも、学生一人ひとりの可能性を拡げる、というコンセプトに基づき、たしかな人間教育を行っていることが、教育現場や企業にしっかりと伝わっている証だと思います。
――私は週1回、本校の敷地内にある國學院大學附属幼稚園の園児に体育を教えています。幼稚園の先生の、子どもへの接し方には教えられることばかりで、教育の原点に立ち返ることができる時間でもあります。近年は幼稚園で関わった子が、中学、あるいは高校から本校の生徒になって再会する喜びを味わっています。
太田先生:それは感慨深いですね。これからの社会を創る子どもたちが学ぶ上で、教育現場の人材不足は大きな問題です。本学部でも、他学部との連携を深めて、本学部のカリキュラムを活用して幼稚園教諭、小学校教員の免許取得者を増やせないかと考えています。免許取得者が増えれば問題解決につながるでしょうし、本学部の存在意義も増すと思います。
――最近の学生をどのようにご覧になっていますか。
太田先生:学業とスポーツ、あるいはアルバイトで本当に忙しそうです。人間開発学部の学生はコミュニケーション能力が高く、それを身につける事を求めて入学した、という学生もいます。きっと身近な卒業生を見て、本学部を目指してくれたのだと思います。
いずれの学科も学生数は100名あまりです。アットホームな雰囲気な上に、小規模の授業も増えてますから、話しやすい環境なのだと思います。合わせて実技系の科目が多いので、自分からコミュニケーションを取る機会も多く、自ずと磨かれていくのです。尾崎先生もその一人ですが、人間開発学部は“人づくりのプロを育成する学部”である、ということを証明してくれる卒業生に、心から感謝しています。
【取材日/令和5年9月21日】