今年4月から民法改正により成人年齢が18歳に引き下げられました。それとともに施行された改正少年法を中心に、髙橋秀明副校長が法学部の高内寿夫先生をお訪ねし、法律をめぐる様々な疑問点について、お答えいただきました。
子どもの概念の違いが 法律にも影響か?
――國學院大學法学部は「少年法」講座の先駆けという印象があります。
少年法の授業は國學院大學法学部が発祥です。私の指導教授の澤登俊雄先生が、30年ほど前に大学の授業として初めて少年法を扱いました。私は主に刑事訴訟法を研究してきましたが、今は少年法を担当しています。
なお、少年法は、令和3年5月に改正されています。民法の改正によって成年年齢は18歳以上に引き下げられましたが、改正少年法では、18歳・19歳の者を「特定少年」として少年法の適用範囲にとどめています。私も最近論文を書き、これが何を意味しているのかを検討しました。
――成人年齢が18歳になったことと「特定少年」にはどのような関係がありますか。
国法上の統一を図った方がわかりやすいので、民法の成年年齢に合わせるべきだという意見がありますが、少年法では引き下げに至らず、「特定少年」という措置がとられました。私は法制審議会で議論され始めた当初から、「(少年法は)18歳に引き下げるべきではない」と主張してきました。それは、少年法の場合、少年ごとに成熟度や成育環境を評価すべきだからです。それぞれの法律の趣旨を考える必要があるのです。
――刑法・刑事訴訟法などの法律と比較した場合、少年法の特徴については、どのように考えればよいのでしょうか。
明治期に日本が近代法制度を確立した際、参考としたフランス、ドイツなど諸外国の制度には、少年保護の考え方はありませんでした。1899年に設立されたアメリカ・シカゴの少年裁判所で、少年保護の考えが初めて取り入れられました。イギリスやアメリカは市民による慈善活動が非常に盛んです。その活動の中で「少年に対しては刑罰を課すよりも、保護していく方向で考えるべきだ」という考え方が出てきたのです。日本でも同時期に同じような動きがありました。アメリカに留学した留岡幸助(とめおかこうすけ)が、東京・巣鴨に家庭学校という民間の施設を設立し、留岡夫妻が親代わりとなるファミリーシステムで非行少年の保護と健全育成に努めました。
今も保護観察処分という、ボランティアの保護司さんに支えられている社会内処遇がありますが、民間の動きから始まって国の制度になっていく、それが少年法の特色です。少年の更生に重きを置く日本では、戦後、全ての事案が家庭裁判所の扱いとなり、その約98%が保護処分となります。欧米の少年裁判所では刑罰と保護処分の割合がだいたい半々ですから、このことも日本の特色と言えます。
――ある調査では「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」の内容を知っている教師は約30%でした。子どもの人権についてのお考えをお聞かせください。
子どもの人権については「憲法」「少年法」のどちらでも触れられていません。子どもの権利については「子どもの権利条約」が発効してから考えられるようになってきました。
「子どもの権利条約」で一番大事な規定は第3条で、「児童の最善の利益を考慮していろいろな処分をしなければならない」と規定されています。私は少年の最善の利益に加えて「意見表明権」も「子どもの権利条約」の重要な規定の一つであると考えています。子どもに関わる様々な決定をする場合、子どもの意見を聞いてその意見を踏まえることになっています。「意見表明権」は大人の人権にはありません。大事なことについて子どもは意見を言うことが難しいので、大人側がきちんと聞きなさいという規定だと思います。大人の側、国家の側に配慮を求めているという点は、今までの人権にはない新しい考え方です。
――西洋では「子どもは大人の小さいものだから、反社会的な行為は大人と同じように厳しく処罰し、健全な社会人に育てよう」という考え方があると言われています。日本においてはいかがでしょうか。法律の分野では、西洋と日本で何らかの違いがありますか。
明治初年に来日し、大森貝塚を発見したアメリカの動物学者・モースの日記に、印象的なことが書かれています。
世界を旅する欧米人が日本を訪れると、皆同じ点を称賛するというのです。それは「日本が子どもたちの天国だ」という点です。欧米と比べると、日本の子どもたちは非常に自由に生活していて優遇されている。それにもかかわらず親に対して従順で、よくしつけられている。そこに驚きがあるというのです。
これは実証的なものではありませんが、歴史を見ていくと、こうした子ども観が少年保護の思想に少なからず影響を与えていると思います。
裁判官とともに公判へ。司法を体験できる裁判員裁判
――公職選挙法や民法では、18歳になると高3が成人とみなされます。子どもたちはどのようにそれらの法律を受け止めればよいでしょうか。
私は国民が司法を身近に感じる場として「裁判員制度」を高く評価しています。陪審制を参考に作られた制度ですが、日本独自の考え方が反映されています。例えばアメリカやイギリスでは12人の陪審員が審議して有罪か無罪かを決め、量刑は裁判官が決めます。日本では3人の裁判官が、選任された裁判員とともに公判に立ち合います。そして全員で有罪か無罪かだけでなく、量刑も含めて評議を行います。
裁判官が丁寧に説明しながら進めますので、非常に評判がよく、裁判所が毎年、裁判員裁判の経験者に行うアンケートでは、回答者の約98%、つまりほぼ全員が「良い体験になった」と回答しています。経験する前は消極的で、「裁判員を積極的にやってみたいと思っていた」と回答した人は約12%にすぎません。この結果からも、裁判員は一般市民にとって非常に新鮮な体験であることがわかります。ですから学生には「呼び出しが来たら絶対に参加しなさい」と話しています。
裁判員の選任年齢は公職選挙法の選挙権年齢とされていますが、昨年5月までは従来のまま(20歳以上)でした。改正により18歳に引き下げられて、令和5年度より18・19歳も「裁判員候補者名簿」に載って選任の対象となります。安倍晋三元首相を狙撃した犯人も裁判員制度による裁判にかけられると思います。こうした事件の裁判にも高校生がかかわる可能性があるということは非常に望ましいことです。世代が異なる人たちと、責任を伴う議論を行う体験は貴重だからです。
自分はどう生きるべきか。それを考えるのが法学
――先生は『人権の精神』という御著書の中で「人権尊重の考え方を深めるためには、知性と想像力と行動力が必要」と書かれています。それはなぜでしょうか。
ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは、「情熱をもってなされないものはすべて無意味である」と述べています。自分で積極的に関わり、行動し、考えることによって人権の意識も身についていくのです。先ほどの裁判員裁判で説明すれば、裁判員として公判や評議に参加することで想像力が高まり、被告人の心情を理解できたり、人権を自分の問題としてとらえたりできるようになるのです。
中高生の活動には制約がありますが、体験の数が多ければ多いほど良いというわけではありません。それをどう受け止めて積極的にかかわっていくかが重要です。世界中を探検することは素晴らしい体験ですが、哲学者のカントのように経験に依存せず、頭の中で考えを巡らせることもまさに体験です。私たち教員はそういう機会を作らなければいけません。
法学部ではアクティブラーニングを重視し、学生が積極的にディベート、グループディスカッション、プレゼンテーションなどを行えるよう工夫しています。私は、大学では、「パブリックな問題でおしゃべりをすること」が重要だと考えています。おしゃべりには「プライベートのおしゃべり」と「パブリックのおしゃべり」があります。後者の特色は、年齢、性別、国籍が異なるだけでなく、自分に対して敵対的な人もいれば親和的な人もいる点です。そういう環境の中でおしゃべりをすることが大切なのです。
学生がやるべきこととしてもっとも重要なのは、アサーションを身につけることだと思います。
① 自分の気持ちや意見をはっきりさせること
② それを具体的に表現するスキルを身につけること
③ 相手の思いを理解すること
この3つが要点になります。私のゼミでも、グループディスカッションを行い、最終的にグループの意見としてまとめて報告させるのですが、今の学生は実に上手にやります。
「アフターコロナをどう生きるか」「児童虐待をなくすにはどうすべきか」など、社会問題をテーマにおしゃべりすると、自ずと法律はどうなっているのかという話になります。法律自体に触れるのは、関心をもってからでも遅くはありません。私は「社会の中で自分はどう生きるべきか」を考えていくのが法学であると思っています。
――最後に國學院大學の魅力を教えてください。
國學院大學は神道精神を基盤として、柳田國男、折口信夫の民俗学を学問の柱とする流れがあり、そこに魅力を感じています。神道精神を学べる大学が東京・渋谷にあるというのもおもしろいと思います。日本人の根幹にある思想と最先端の場所のギャップを楽しみ、好奇心旺盛な学生と学べればと思います。
【取材日/令和4年7月11日】
❖少年法 少年の健全な育成を図るため、非行少年に対する処分やその手続きなどについて定める法律。全ての事件が家庭裁判所に送られ、家庭裁判所が処分を決定することや、少年に対し、原則として刑罰(懲役、罰金)ではなく、保護処分(少年院送致など)を課すことなどが特色。 |
❖特定少年 18・19歳の者は成長途上にあり、罪を犯した場合にも適切な教育や処遇による更生が期待できる。そのため今回の少年法改正では、18・19歳の者も「特定少年」として引き続き少年法の適用対象とし、全ての事件を家庭裁判所に送り、原則として更生のための保護処分を行う。 |
(法務省HPをもとに作成)