國學院大學久我山中学高等学校
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学びの泉・学びの杜 〜國學院の今 第3回

第3回 水無田 気流 先生(経済学部教授)

皆さんはダイバーシティ(多様性)やジェンダー(社会的・文化的性差)についてどう思いますか? 本校中高生に実施したアンケート結果を携えて、髙橋秀明副校長が社会学者の水無田気流先生の研究室を訪ね、現代におけるダイバーシティやジェンダーの問題について伺いました。

人として正当に評価され、幸せを実感できる社会へ

水無田 気流(みなした きりう)先生 1970年神奈川県生まれ。詩人・社会学者。國學院大學経済学部教授。専門は文化社会学、家族社会学、ジェンダー論。『多様な社会はなぜ難しいか~日本のダイバーシティ進化論』、『背表紙の社会学』ほか著書多数。

――生徒はダイバーシティやジェンダーを時代のキーワードとして捉えていますが、漠然とした感覚があるようです。

 グローバル化が進み、経営や教育の領域で語られる場面が増えていることから、「ダイバーシティ」も「ジェンダー」も、言葉としては普及してきましたが、私たちの日常感覚として身につくところまで浸透しているかというと、必ずしもそうとはいえません。とくに、「ダイバーシティ」は日本では根づきにくく、いまだに異文化といえます。ですから中高生のみなさんがそうした実感をもつのは、当然のことだと思います。
 端的にいってこれまでの日本社会では、「ホモジニアス(均質的)」な組織のあり方が目指されてきました。短期的には共通の価値観、共通の規範をもつ成員構成のほうが効率よく管理ができ、生産効率も上がるからです。
 また、戦後昭和は被雇用世帯の増加に伴い性別分業も進み、男性は外で働き、女性は家で家事、育児に専念することにより男性中心の均質性の高い組織が形成され、戦後の高度成長期を迎えました。その成功体験が、ダイバーシティやジェンダー平等の浸透を妨げる一因ではないか、という見方もできます。
 遠藤周作の名作『沈黙』に、キリスト教が根づかない日本社会のあり方を「沼」と表現しているくだりがあり、私はその表現が言い得て妙だと思っています。流動的で柔軟な土壌に見える「沼」のように、異質なものを表面上は受け入れるものの、実は根づかせない頑迷さがある、それが日本社会なのです。

――「多様性の真の意味を知りたい」という声は、生徒がそういう社会を鋭敏に感じ取っている表れでしょうか。

 そうだと思います。日本でも80年代ころから異文化間教育が重視されるようになり、多様な背景を持つ人々と理解し合う姿勢が養われるようになってきているため、最近の学生はマイノリティへの差別などにも敏感で、公正さについての意識も高い人が増えている印象です。
 問題は、さまざまな組織の旧弊にとらわれている中高年以上の年齢層ではないでしょうか。管理職など意思決定の場にいる人も多い層であるため、彼らの意識を変えていかなければ、労働環境における女性差別の問題解消も含めてダイバーシティは浸透しません。この問題解決のために、私は20年以上にわたり日本に根づきにくい理由を問い続けています。

――「なぜ、多様性が必要なの?」「多様性のある社会が持つ可能性とは?」という質問もありました。

 現在「ダイバーシティ」は多様な領域で使用され、達成すべき価値観とみなされていますが、私は崇高な目標というよりも、社会をより公正なものにするために整えるべき条件であると考えています。その目的は、誰もが幸せを実感できる社会を作るためです。
 このことと関連するのですが、私が学生に願うとすれば、自分の力で幸せな大人になってほしいということです。幸せになる方法を、自ら考え選択できるように手助けすることが、私のような教員の役目だとも思っています。一方、「人」として公正な評価がなければ、人間は幸せを実感しにくいものです。たとえば高学歴女性を対象とした離職理由についての統計によると、「仕事への行き詰まり、不満」が6割で、「育児のため」が3割となっています。上司に正当に評価されないなどの理由により、多くの女性がやる気を失って退職している現状が指摘できます。
 ダイバーシティ浸透への取り組みは、社会からそのような理不尽なことを取り除いていこうという、シンプルなとらえ方でいいと思います。各自の個性や適性、努力の結果を正当に評価してもらえる社会を作っていこう、ただそれだけなのです。

ジェンダー問題は、誰もが当事者

――当面の課題はジェンダーギャップを埋めることでしょうか。

 2021年に公表された日本のジェンダーギャップランキングは156カ国中120位。先進国最低水準でG7では最下位でした。最大の押し下げ要因は、女性の政治参加の立ち遅れです。衆議院の女性議員割合は1割、参議院でようやく2割です。世界標準と比べたら極めて少ないため、女性政治家は紅一点で目立ってしまうような有様なので、失敗すれば「だから女は」と言われてしまいがちといえます。
 企業も同様で、管理職に占める女性割合は1割強です。先進諸国は3、4割超ですから、日本の職場は多様性とはほど遠い環境と言えます。平均賃金でも女性は概ね男性の半分程度ですから、総体的にやりがいを感じる待遇を得ることは難しいといえます。
 ダイバーシティ推進運動に取り組む人たちの間では「ジェンダー平等はダイバーシティ推進のハブ(hub)」、すなわち中軸と考えられています。ジェンダーに関する問題は誰もが当事者であり、問題を理論化してきた歴史的蓄積もあり、次世代再生産に直結する問題でもあります。以上の3点から、私たちはジェンダー問題を広く人権問題として捉える必要があります。

――今の「女性活躍」は、労働力の補塡(ほてん)にすぎないという指摘もあり、そこに疑問を感じている生徒もいます。

 安倍政権時には、主として労働力を増やすために女性活躍推進が重点施策にあげられて、日本の女性就業者は、約330万人増加しました。しかしその多くが非正規雇用であり、コロナ禍では真っ先に失職や雇い止めになりました。既婚女性が家計維持のために働きに出ても、家庭における男女の役割はほぼ変わらず。家事、育児、介護などのケアワークは女性偏重です。こうした現実問題を解決へ導くために整えなければいけない条件が、ジェンダー平等を中軸とするダイバーシティであると考えます。

――生徒は,少子高齢化も気になる社会問題の一つとしてとらえています。

 女性にとって出産は負担コストが極めて高い上に、規範的な家族に入らないと、実質上子どもを生み育てづらい状況です。北欧やフランスなどの先進国で出生率が回復している国は、いずれも婚外子出生率が5割を超えています。日本は2%台ですから、「結婚=出産」の規範が強固な国といえます。
 日本の少子化は極めて深刻であり、来日した経済学者、人口学者は「どうして政府はこの問題を放置しているのか」と必ず聞いてくるほどです。トマ・ピケティも、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンもそうでした。政策を策定する人々は、決して放置しているつもりはないのでしょうが、圧倒的に想像力が欠けているのだと思います。この問題についても女性が意思決定の場にいないことが大きな要因と考えられます。女性のニーズがわからないため、子どもを生み育てやすい社会になっていないのです。
 このような社会的問題に加え、出産年齢という生物学的な事情を擦り合わせて人生設計をしなければいけない女性が背負うものの大きさ、重さを、政策側はもっと理解すべきです。どのタイミングで子どもを生んでも、ハンデを負わないような制度づくりが必要だと思います。

社会への違和感を、もっと言葉で伝えよう

――日本社会の未来はどうすれば明るくなりますか。

 ジェンダー教育とキャリア教育が非常に重要になると思います。生徒たちが自分の人生に必要なものを自由に選択できる配慮もすべきだと思います。
 男女問わず、若い世代の出産や育児、さらには就業継続を支える政策提言や方策を考える必要があります。労働力においては制度面、環境面のバリアフリーを図り、ダイバーシティを推進していくことが極めて重要です。働きたい人には、障がいの有無や年齢、国籍などを問わず、積極的にバックアップしていくべきです。

――若者の可能性を信じたいですね。

 若い人たちには、未知の問題を発見し、解決策を発案する力があると思います。中高生のみなさんは、良い意味で慣習的にテンプレートでものごとを見るという思考法がまだ確立されていないので、大人が作った社会に対して「変だな」と感じることも多いと思います。その違和感を大切にして、変だと感じたらできるだけ具体的に言葉で表現するなど、伝える努力をしてほしいです。その時はうまく説明できず、親や先生に否定されたとしても、勉強していくうちにいつかは説明できるようになるはずです。また、その視点や違和感は、勉強する上で大きな力になります。
 勉強とはそういう違和感を単なる違和感で終わらせず、武器にしていく作業でもあります。言葉で伝える努力として、いろいろな本を読んだり、知識を身につけたり、説明の仕方を学んだりしてほしいと思います。

――最後に國學院大學の魅力を教えてください。

 基礎教養への信頼が厚い大学です。こうした気風は伝統校ならではのものだと思います。今、世界的に基礎教養への回帰が見られていますが、それは社会の変化が激しく「現時点での価値観」があっけなく転倒するような出来事が起こるかもしれない時代だからです。人類史はそのようなことを幾度となく繰り返しながら進んで来ましたが、基礎教養はこうした時代を生き抜くための糧になるはずです。学生には、その重要性を伝えられたらと日々願っています。

【取材日/令和4年5月11日】

ダイバーシティ&インクルージョン
 ダイバーシティとは多様性のこと。人種、宗教、文化、生活習慣、価値観、ライフスタイル、性別、性的指向など個人の違いが尊重されている状態をダイバーシティといい、これを受け入れ、生かすことをインクルージョンという。多様な人材を融合する組織を構築し、組織の競争優位性を高め、能力を発揮できる機会を提供すること。(『現代用語の基礎知識 2017』より)

ジェンダー
 社会における「男らしさ」「女らしさ」など、文化的・社会的に構築された性のあり方を示す言葉を「ジェンダー」という。これは「生物学的性差(sex)」とは異なる概念である。関連する語に、性的指向性全般を意味する「セクシュアリティ(sexuality)」がある。自分が男性か女性かといった認識は性自認(ジェンダー・アイデンティティー)といい、これも社会的に構築されたものといえる。(『現代用語の基礎知識 2022』より)