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「私は國學院大學久我山中学校2年○組、出席番号○番の・・・・です」@男子部特別講座 中学2年《能楽教室》はじまる

2018年10月2日

 
昨年に引き続き、武道や芸道の修行において欠くべからざる「不動心」を養うことを目標に、男子部中学2年生を対象とした特別講座《能楽教室》(8回シリーズ)が始まりました。
 
今年もご指導くださるのは、ながらく女子部の特別講座も担当してくださっている、卒業生の金春流能楽師髙橋忍さん。 
今日は、その第1回として「能楽」の起源と歴史について、観阿弥・世阿弥父子の足跡とともにお話くださいました。
  
・「能楽の起源は、遡ること554年、推古天皇の御代、秦河勝(はたのかわかつ)によると、世阿弥は記しています。ちなみに秦河勝は、我が金春流の流祖ともされています。」
・「音楽の分類の中で、雅楽のもととなる『正楽』に対して、民間で行われた雑多な『散楽』が『猿楽』と呼ばれるようになり、すべての能力を有するもののことを「~能」と呼ぶことから『能楽』となっていきます。とはいえ、それはもともと猿真似をはじめとして皆を楽しませることを目的としたいわば『路上パフォーマンス』のようなものでありました。」
・「観阿弥、世阿弥父子の功績は、「ストーリー」のある「演劇」をあらわしたことでしょう。」
・「たまたま、ときに42歳の観阿弥、12歳の世阿弥のパフォーマンスが、若き17歳の足利義満の目にとまったことにより、「能」が時の権力者による庇護を受けるようになっていきました。」
・「明治に入り、西洋のオペラに対する日本文化として岩倉具視が『猿楽』を紹介するにあたりはじめて対外的にそれを『能楽』と呼んだのでした。」
 

その後、クラス全員が一人ずつ簡単な自己紹介をおこないました。
わずか学校名・学年クラス・出席番号を添えて氏名を述べるだけにもかかわらず、蚊の鳴くような声だったり、早口になったり、そもそも多くが座ったままだったり…
さらに厳密に言えば、校名を略してしまう者や指示されたはずの「出席番号○○番」と言えない者、肝腎な名前が尻窄みに消え入るようで聞き取れない者など、約束事の「形」をしっかり守り、自分の頭で考えて行動するということが簡単なようでいかに実行しがたいものであるかを痛感することになった本日第一回目の講座となりました。
  
・「今後、人前で恥ずかしがらずにきちんと話をしなければならない場面がたくさん出てきます。」
・「親からもらった大切な名前です。姿勢を正してはっきりと声にしましょう。」
  
 
ところで、そのご指導くださる髙橋忍さんが、このたび「第一回 士乃武能」:金春流 髙橋忍の能「邯鄲」を催すこととなりました。
「人の世の栄枯盛衰のはかなさ」をたとえた「邯鄲の夢」。そんな人生の無常をシテ髙橋忍がどう演ずるか、みなさまお誘い合わせの上、国立能楽堂へ足をお運びくださいませ。
 
         ※ 詳細は 2018.12.1 士乃武能 リーフレット
 

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