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「財産」となるのは自分が死ぬほど「努力」したことのみ

2018年4月19日

2歳で視力を失うも、好奇心旺盛な少年は、両親のすすめもあって10歳から水泳の世界へ。
その後、パラリンピックに3大会連続で出場を果たし、一昨年のリオでは、5種目中銀2個、銅2個、計4個のメダルを奪取する快挙を達成。
目下のところ、いまだ果たせぬ念願の「金メダル」を取るために、「東京」を目指す現役アスリート、木村敬一選手。
今日、努力と不屈のアスリートが、本校に来校。これまた「日本一」を目指して日々鍛錬に励む高校3年のスポーツ優秀生徒を対象に、これまでの道のりとそこから得た「財産」について、ふんだんにユーモアを交えて貴重なお話をしてくださいました。
 
   

 
 
   高校3年スポーツ優秀生徒クラス対象 特別授業

 
              講師 : 木村 敬一 氏
                 パラリンピック競泳選手
 
 
……生まれつき目が見えなかったのですが、体を動かすことが大好きで、運動神経もよかったのか、6歳で自転車の補助輪がとれるほどでした。しかし、当然目が見えないことで怪我することが多く、それを見かねた母が安全に動き回れるのは、ということで水泳をすすめてくれたのでした。
 
それから、中学進学とともに上京することになりましたが、これは必ずしも水泳のためということではなく、滋賀県の盲学校では同じ境遇にある者も少なく、友達を作りたいという理由からでした。
もっとも、寮生活で同部屋の3年生の先輩には随分無理難題を突きつけられましたが…。(笑)
 
このころから、同じ水泳でも早くなるためのそれにこだわるようになりました。その過程で、国を代表するような選手たちと同じプールで泳ぐようになり、自分の力の無さとあらためてパラリンピックに出るような人たちのすごさを実感し、一つの目標をそこに見出しました。
 
そして迎えた2008年、高校3年の時に行われた北京大会には、最後の代表選手になんとか選出されました。とはいえ、この時は結果的に出場することができただけで満足してしまい、5位入賞にとどまりました。
帰国後、大学の推薦入試で不合格となり一時浪人を覚悟しましたが、一念発起して必死に勉強し大学への進学を勝ち取ることができました。
この時、痛感したのは勉強でもスポーツでも目標を同じくする者同士、友達の輪が広がって行くということでした。また、世間はスポーツをしているだけでは評価してはくれないという厳しい現実も味わうことになりました。
 
さて、大学生になってからというもの、健常者の選手とも競い合うようになって、それまで「話せない・聞こえない・誰もいない」という三重苦のように感じていた水泳の練習も、楽しく感じられるようになってきました。
そして大学4年生の2012年のロンドン大会では、今度こそメダルを取るんだという思いで臨みました。しかし、得意だったはずの50m自由形の朝、極度の緊張からか思うような泳ぎができず、メダルには届きませんでした。
正直「なんのためにあんなに練習してきたのだろう」と絶望感に打ちひしがれました。そんなこともあって、節制の禁を破りハンバーガーを爆食いしたりもしました。(笑)
そうして迎えた100m平泳ぎでは、皮肉なことに、力むことなく結果として銀メダルを獲得することができたのでした。
  
このように、目標達成をするためには、適度な緊張とリラックスとのバランスが大切なのだと思います。本当に一流とされるアスリートは、そのバランス感覚をあらかじめ自力で調整できる人のことをさすのでしょう。その点、そのときの自分はまだまだでした。
 
そして迎えた2016年のブラジル・リオ大会。水しか出ないシャワー、ペーパーを流してはならないトイレ、などなど、そんな選手村の生活でしたが、三度目の正直ということで、金メダルを目標に臨みました。
しかし、蓋を開けてみれば、2位や3位には入るものの、なかなか金には達しません。そんな状態で迎えた4種目目も予選をギリギリの7位で通過するに至り、コーチからは…
 
「…世界の人たちが見つめているのは、誰が勝ったか負けたかではないんだ。
 それよりも、競い合いの中で見せる一人一人のベストパフォーマンスなんだぞ。」
 
この言葉で、自分自身あらためて決勝でもしっかり「泳ごう」と決意を固めました。
やる気のスイッチなどはどこにもあるはずはなく、要は自分がそう覚悟を決めて取り組むかどうかにかかっているのです。
 
とはいえ、その種目も結果は残念ながら3位。金メダルはまたしても夢と終わりました。
こうして、金に届かなかった悔しさは今でも残っています。
とはいえ、まだまだ27歳という年齢ではありますが、これほど辛い練習と経験を積んできたことは水泳以外に見当たらないことからしても、自分にとって財産と自信になるものは、どれだけ死ぬほど努力したかということに尽きるのだと思うのです。…
 

       〜リオパラリンピックでのメダルを実際に見せてくださいました〜

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