トップページ > 久我山の四季ブログ

“Study ”なくして“ Learn ”なし @平成30年度始業

2018年4月6日


 

 
すでに校内の桜も梢に名残の姿をとどめるのみ。
そのほとんどが新芽を吹いて葉桜となりました。
 
それと入れ替わるように、コンクリートの割れ目や欅の根元などに
たくましく蒲公英(タンポポ)が顔を覗かせています。
どんなに踏まれても傷ついても、再び立ち上がるその強さに
私たちもぜひあやかりたいものです。
 
さて、そんな一気に季節の進む中、学校は今日新たな年度をスタート。
明日の入学式に先立ち、まずは在校生たちがそれぞれに進級した教室にて気分も新たにクラスメイトたちと顔合わせを行った後、中高それぞれ一堂に会して「始業式」に臨みました。
 
 
 
…… 世の中では、今様々な出来事が起こっています。私たちは、そんな動きをよくよく見つめた上で、みずからの頭で考え、自分の意見を持つようにしたいものです。
 
さて、大学入試も近々新たな変革の時を迎えることになります。
そうした中、そもそも「学び」とは何なのか、あらためてこの機会に考えてみたいと思います。
一見、同義のように思われている「Study」と「Learn」ですが、実のところ両者には明確な違いがあるのです。
 
「Study」は、知識や情報を得るために学習を積み重ねるその「過程」を意味するのに対し、
「Learn」は、そうした学習や経験を通して知識や技術を身につけた「成果」のことなのです。
 
これから進むAIとの共存の時代にあって、私たちの「学び」に求められるのは、紛れもなく「何を学んだか」ということ以上に「何をどのように学んだか」であろうと思われます。
そのことは、人が一生を通じて学び続ける上で、基礎・基本の繰り返しがどれだけ大切なことかにあらためて思いを致すことにほかなりません。基礎・基本の習得なくして、確かな発信や表現は叶いません。
 
「Study」なくして「Learn」なしと言えましょう。……   (学校長 中学・高校「始業式」式辞 より)
 
 
 
「どんなに踏まれても傷ついても、再び立ち上がる」 蒲公英のように…。

ページトップへ戻る