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毎日、研ぐ。@平成29年度《修了式》

2018年3月20日

 
寒の戻りの冷たい小雨が舞うなか、春を告げるご近所の白木蓮もちょうど盛りを迎え、たくさんの小鳥が枝先でその真っ白な羽を休めているようにも見えます。
さて、本日は試験休み明けの全校生徒が一堂に会して、中学・高校それぞれ〈修了式〉(中学:部活動表彰式も含む)に臨みました。
 
四季の移ろいとともにある学校生活にとって、年度末はいわば一年間の締めくくりとしての「大晦日」。この一年を振り返りつつ、「今」在ることへの感謝と、新たな「明日」に向けての決意を固めるための大切な節目のひとときとなったことでありましょう。
 
 
◆ 「職人」の生き方から  ~高校修了式  教頭・女子部長 髙橋秀明先生 訓話より~

…今ではその数もわずかとなった宮大工。その最後の棟梁、名工と呼ばれた『木に学べ』などの著書でも名高い西岡常一。その愛弟子にあたる現役の小川三夫氏が興した寺社建築会社に「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」があります。
 先日、その工舎にて高校生3人が仕事を体験するといったテレビ番組がありました。仕事の初めは、工場の掃除から。「足元がきれいでなければ、いい仕事はできない」と小川氏。また、掃除の仕方、箒のはき方にも、その人の生きる姿勢といったものが自ずから出てくるとも。
 その3人のうち紅一点の一人は、「男子に決して負けたくない」と強い思いを抱いての参加でした。そのはき方からもそうした強い意思を感じさせる一生懸命さが伝わってはきましたが、よくよく見ると工場に埃が舞い上がっています。
 つづいて、職人たちの研ぐ作業をじっと見て学ぶ時間が流れていきます。中でも、その習得に一生かかるといわれる鉋ひきの仕事。とはいえ番組上では、高校生たちがいよいよ待望の木に直接触れる段階へ。2、3日に一遍研ぐだけの高校生に対して、毎日研ぐことを欠かさない氏の鉋跡は、まさに鏡のよう、その違いは歴然としたものでした。
 氏は改めて指摘します。「優れた建物は、切れる道具なしには成り立たない」と。また、工舎8年目の女性職人(本校卒業生)は、「男性に負けないといった思いも含め、実際の建物が立った姿を目の当たりにしたとき、その感動によって吹き飛んでしまうものです。結局のところ、仕事は一人では何もできませんから」とも。さらに「ひとつひとつ課題をクリアすれば、楽しいものよ」と小川氏も笑顔を見せています。
 さて、私たちにとっての「研ぐ」ということは、どういうことがそれにあたるのか、この機会に考えてみたいものです。さらに、この3人の高校生たちがわずかな期間に見せた成長の姿からは、覚悟ともいうべき確かな意思の強さと、あらためて努力することの大切さを感じ取ることができたように思います。… 
 
 
◆ 「挨拶」の効用とは  ~中学修了式  教頭・男子部長 佐藤誠博先生 訓話より~

…先日、帯同した高校生の修学旅行でのこと。飛行機から降りる際に、CAの方に呼び止められ「これまでにいろいろな学校の修学旅行をみてきましたが、こんなにきちんとした学校はありません」と思いがけないお褒めの言葉を頂戴しました。皆さんは、この話を聞いてどう思いますか?正直なところ、恥ずかしいですか?いや、実に喜ばしく、誇らしいことだと思いますがいかがでしょうか。
 その一方、近隣の塾の先生方からは、「最近、ちょっと挨拶ができなくなりましたね」という声も…。
 ところで、なぜ挨拶がそこまで大切なのでしょうか。
 人は、挨拶を交わす時、自然と笑顔になります。また、互いに交わすことで認め合うことにも繋がります。さらに、常識をわきまえた人間であることを示すことにもなりましょう。そもそも「挨拶」という言葉には、自分の心を開いて相手を認めるといった意味合いが含まれているのですから。
 プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスに、嶋基宏選手という今や日本を代表するキャッチャーがいます。ちなみに、この嶋選手の育ての親である國學院大學の竹田総監督(現在、本校野球部のアドバイザー)は、いつも新入部員たちには「何か自分の得意なものを持ちなさい」と激励しています。その言葉に当時の嶋選手は、プレーでは引けをとるも自分の取り柄は元気に挨拶をすることだと考え、練習からチーム一、元気な声を出すようにしたとのこと。その結果、元気なその声と姿が監督の目にとまり、チームにとって大切な司令塔でもある声出しのキャッチャーを任されるようになったとの逸話が残っています。かくいう私も、こうして念願だった教員生活をようやく30歳からスタートできたのも、挨拶をきちんとしたことによるといっても過言ではありません。
 「たかが挨拶、されど挨拶」。こうして、挨拶によっていろいろなチャンスがめぐってくることもあるのです。ただし、TPOをわきまえた挨拶を心がけるようにしたいものです。
 「社会」とは、究極人と人との繋がりです。その繋がり、関係がよくなればその「社会」はおのずとより良いものになるに違いありません。そのためにも「挨拶」は欠かせないものなのです。…

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