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「旅」への扉 @高校2年《修学旅行》まで、秒読み。

2018年3月5日


     (左)女子部 K.Mさん画  ・ (右)男子部 K.K君画  
 
 
現在、他学年に先がけて一足早く「学年末試験」に取り組んでいる高校2年生も、今週金曜日にはいよいよ「修学旅行」に出発することになります。実質、宿泊を伴う学年総出のものとしては、早くも高校時代最後の行事となる「修学旅行」五日間の旅。
女子部は、伊勢から奈良・京都など、この国のいわば心の故郷を巡り、一方男子部吉野ヶ里から平戸・長崎など、この国の起こりを辿るような旅路となります。
 
このたび、そんな旅の『栞』が、男女それぞれ手元に届けられました。
その見事な表紙を飾った原画からは、いずれもこの旅行にかける思いの大きさと深さが感じられ、その素晴らしい出来映えにただただ脱帽するばかりです。
 
加えて、女子部では過日班ごとに事前学習の結果をみんなの前で発表する機会を持ったとのこと。
また、男子部では、特別に編集委員会を設置して、全55ページからなる『北九州への扉』と題した冊子を出発前に完成させました。
 
こうした取り組みを見る限り、主役である生徒諸君が、この「修学旅行」をどれだけ主体的かつ学術的な行事として捉えているかが伝わってきます。
そのことをより如実に物語っている編集子2名の貴重な「言葉」を、その「後記」から一部抜粋してご紹介いたします。
 
 
  
まず、Y.T君は、「知れる」ことと「知る」こと》の違いについてふれながら…
  
…私は、修学旅行から帰ってきた時に自分が何を学んで、どのように印象や意識が変わったのかということを理解する為に事前学習を行うこと、そして、それを活字にして残すことが必要だと考える。
 しかし、そのことを事前学習の意義だとした際に次のような疑問を持つ人がいるだろう。「えっ、でも事前学習で調べた内容って今回の修学旅行と関係ないところあるヨネ?」と。確かにそのとおりである。ただ、それこそが必要なことだと思う。
 今回の修学旅行において意外と大切なことは、『北九州を知った気にならない』ということではなかろうか。五日やそこらの滞在期間で知れることは限られている。
 たしかに、私はこの冊子のテーマとして『学ぶこと・生きることの尊さを考え、この旅行を通じてそれを伝えられる人になる』ということを掲げた。それには『北九州を知る』ことが必要であろう。
 つまり私の言っていることには矛盾が生じている訳である。そのことに関する釈明はしない。ただ、この両面性を知っておくことが大事である。… 
 
 
 
そして、K.M君は、自分なりの「考え」を持つこと》の大切さを再認識しながら… 
 
…さて、この「北九州への扉」ですが、「調べるだけにとどまらず、調べたことを利用して自分なりの考えをもとう」ということをコンセプトに、テーマを設定しました。そのために、多くの困難もあったと思います。「調べることでさえ大変なことなのに、まして考察もしなくてはならないなんて…」と思った方も多いのではないでしょうか。
 しかし、人類というのは誕生してから此の方、常に考え続けることによって成長してきたのです。そうです、人間には思索する時間が必要なのです。
 けれども、これまでの人類の思索の結果として発展して来た“現代”に生きる我々は、ともすれば、考えることを忘れてしまいがちです(例えば、何かに忙殺されて)。
 そこで、この冊子が、我々の忘れてきた“考える世界”への扉を開ける一助になれば、これ幸いという思いでこの冊子の製作に携わらせていただきました。… 
 
 
やはり、「親」としては「かわいい子には旅をさせよ」ですね。

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