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勇気と、優しさと、美しさと。@女子部中学3年 〈今、私の思うこと〉 全体発表会

2018年2月27日

 
本日は、最高学年の女子部中学3年生が一堂に会し、各クラス2名による〈今、私の思うこと〉全体発表会に臨みました。
 
身近な事柄から社会的な事象に至るまでその内容は多岐にわたり、とりわけ、最後には、本校の現状に一石を投じる厳しい提言まで飛び出し、聴衆もまた「私の思うこと」に対して大いに刺激を受けた貴重なひとときとなりました。
  
 
以下、発表順にその要旨に所感を添えて…。 
 

① K.Y(1組) 女の子だから
  
…男女の社会的平等ということが叫ばれて久しいが、世界に目を向けると差別はまだまだ存在する。それは途上国に多く、10代で強制的に働かされ結婚させられるケースも。女子への教育の充実は、家族にはじまり地域社会の、ひいては世界そのものを救うことに繋がるはず。「because I am a girl」…あなたはこの後にどんな言葉を続けますか?
 
(所感)ジェンダーフリーという言葉が聞かれるようになっても、実際にはその真の意味に到達し得ていない状況も散見される現状がある。大切なのは、性差を通じてその「違い」を互いに認め合い尊重し合う姿勢なのだが…。
 
 

② M.O(3組) 常識とは
 
…小学校時代の友達のこと。それは、決して忘れられない出来事。今でも耳に残るその子の声。あるニュースでのコメンテイターの言葉とともに。「これは非常識な事件ですね」その日以来、「常識」とは何かがずっと引っかかってきた。時は流れ、今になってようやくそれは「他人を思いやる精神」のことと悟る。その日の前日、笑顔を見せたその子の面影とともに。
 
(所感)常識とは、「他人」の存在を中心に据えた時にはじめて見えてくるものとは胸に落ちた。その裏付けとして、この「他人」の位置に「自分」を置き換えた時、全てのことが身勝手な「非常識」となることからもわかるように。
 
 

③ M.G(3組) 輝く女性に
 
…「シンデレラ」にみる理想の女性像。それは余命いくばくもない母が遺した言葉の中に…。「勇気と優しさと美しさをもつ女性に」。今は昔、昭和は男性は光り輝く太陽のような存在、一方女性はせいぜい月。それでも86年の男女雇用機会均等法の施行などを通じて女性が働きやすい世の中に…。私は目指したい。他者と共有する「勇気」と平等感を大切にした「優しさ」、そして女性らしい華麗な「美しさ」を持った女性となることを。
 
(所感)「共有」も「平等」もともに男性を含めた人間同士の関係性の中で磨かれるもの。しかし、残る「華麗なる美しさ」はもって生まれた女性ならではのものか。男性女性、互いに輝きあえる社会の実現を目指したい。
 
 

④ M.T(1組) 落ち着いて
 
…困っている人を助けることのできない人たち。それは「余裕のなさ」がもたらすものだろうか。人は、ゆとりのない状況ではとかくミスをおかす。時に致命的な痛手を追うことにも。さらに自身への害にとどまらず、それが周囲に及ぶこともある。戦争の歴史や身近に起こる喧嘩の類もこれが要因だ。企業の場合も、利潤追求に焦るのではなく目の前の社員の気持ちを最優先する心の余裕を大切にすべきだろう。
 
(所感)「読書」の時間が「0時間」という学生がとうとう全体の5割を超えたとのこと。私たちは、ゆっくりと「本」を繰ることも、携えることもせずに、いったいどこへ、何をしに、どんな旅路に向かおうというのか。
 
 

⑤ Y.S(2組) おばあちゃん
 
…数年前に祖父が他界したことからそれは徐々に始まった。気づいた時には「今から学校に行かなくちゃ」「仕事に出かけよう」と現実離れした発言が目立つように。そして、とうとう「私」の存在がおばあちゃんの記憶から消えた。その哀しみ…。全国で今462万人、実に7人に一人の割合で認知症は進んでいるという。「もう一度私の名を呼んで欲しい」。たとえ叶わぬ願いではあっても、どんなおばあちゃんでも私は大好きだ!
 
(所感)よくよく考えて見れば、人と人とのつながりは、家族であれ友人であれ、すべては「名前」を呼びあうことから始まる。加えて、私たちには「肉声」とともに、「祈り」にも似た声なき声も併せ持っているはず。「おばあちゃん!」と心の中で…。
 
 

⑥ K.Y(2組) 久我山革命
 
…私は例えば、とっても課題が多くて、修学論文まであるこの久我山が決して嫌いではない(笑)。しかし、その使用が自由裁量になった男子に比べ、カーテンを巻いたような女子のマフラーをはじめ、休み時間のグランドの使い方や合唱会やダンス発表会など男女の違いは偏見と差別に満ちてはいまいか。とりわけ、部活動の時間や場所の制約に至ってはその最たるものだろう。将来、社会へ出た時に男女のよりよい協力関係を実現するためにも今よりもっと一体感と交流のある「國學院久我山」を求めたい。
 
(所感)今は昔、あれは男子校一色のころ…
 
      われら益荒男/人も知る/久我山健児/剛健児
      明朗剛健/明朗剛健/久我山われら
            『久我山讃歌』(創立35周年記念歌)
 
    時は移り昭和60年、女子を迎え入れ…
 
      あの日 ここから始まり/いくつも季節を数えながら
      あの人にめぐり逢い/あの人と語り/あの人と生きた
      素晴らしいあの人と
           『それぞれの季節』(創立45周年記念歌:女子部のうた)

    そしてこれからの「國學院久我山」は、
    どんな「うた」を奏で、「歌詞」を口ずさんでいくことになるのだろうか。
    みなさんの力によって。 
 

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