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聖地「花園」にて初の《兄弟》対決!@第97回全国高等学校ラグビーフットボール大会:2回戦

2017年12月30日


 
ラガーメン憧れの聖地「花園」での初の國學院「兄弟対決」となった第2回戦。
 
今は昔、まだ革のボールに冬芝の茶色いグランドだった第59回大会(昭和54年)。
その前年、2回目の全国制覇を成し遂げていた本校は、大会初の2連覇がかかった決勝戦にて、同じ東京都代表の目黒高校(現:目黒学院)と死闘を演じ、ノーサイド寸前で逆転を許し、わずか2点差で苦杯を嘗めた歴史に残る名勝負を演じました。
その時、ウィングとしてトライゲッターだったのが現在の國學院栃木を率いる吉岡肇監督(31期)でした。一方、フォワードの要として副キャプテンも務めていたのが、今年から中高一貫して監督となった本校の土屋謙太郎監督(同期)だったのです。
 
「久我山」を卒業してからのその後の道のりや、現在率いるチームは異なれど、互いにラグビーの指導者として、また教育者として、自ら果たせなかった「日本一」という夢の実現に向けて、その当時を知る由もない現役部員たちとともに着実な歩みを進めてきました。
  
なお、そんな両校の監督にとって、原点である「久我山ラグビー」における師といえば、中村誠先生の存在を忘れるわけにはいかないでしょう。
長年にわたり本校の監督として「久我山ラグビー」の礎を築くとともに、在任中5度の全国優勝(5度目は部長として)という輝かしい成果を上げました。
その先生が現在総監督を務める埼玉県代表の昌平高校が、08年にはわずか3名だけしかいなかったチームを激戦区の埼玉を勝ち抜き、念願叶ってこの「花園」に初名乗りをあげるまでの快挙を成し遂げました。そして、先日の1回戦では見事に初勝利を収め、また高校ラグビー史に新たな歴史を刻んだのでした。
  
そうした因縁深い今大会で実現した國學院「兄弟対決」という夢舞台。
なお、公式戦としては、今から6年前の東日本大震災の年、夏前に行われた関東大会にて一度だけ対戦が実現していました。
 
その時の記事から……
 


 
  《第59回 関東高等学校ラグビーフットボール大会》
        Aブロック 決勝戦
  国学院久我山 5-21 国学院栃木
 平成23年6月12日(日) 相模原麻溝公園競技場
 
公式戦の決勝にて、夢の兄弟対決が実現しました。
お互い手の内を知り尽くしたもの同士のガチンコ勝負。
伝統のナス紺のファーストジャージで臨んだ「兄貴」でしたが、
めきめきと力をつけてきた「弟」の勢いの前に優勝を逃してしまいました。
 
とはいえ、互いに目指すは正月の「花園」の頂点。
また、あらためてその「全国」の舞台での真剣勝負が実現しますように・・・。
 


 
そして迎えた、この度の「真剣勝負」の舞台。
 

     《第97回 全国高等学校ラグビーフットボール大会
 
          ※ 全国高体連 ラグビー専門部 公式サイト
          ※ MBS(毎日放送)大会サイト
 
  2回戦 東大阪市花園ラグビー場 第3グランド 11:30 キックオフ
 
        國學院久我山 48ー14 國學院栃木
 
 

 
初の「花園」での勝負は、「一戦必勝」をスローガンに掲げた本校に軍配が上がりました。
試合開始直後の自陣でのピンチを打開し先取点を奪うも、すぐさま力強い突進からのトライを献上。これで目が覚めたのか、前半はフォワード・バックスが一体となった攻撃で次々にトライを量産し試合を有利に進めました。
後半に入ってからは、さすがきちんと修正してきた栃木高校の早い段階での鋭いタックルなどによって、スコアは動かず一進一退の攻防が続きました。
しかし、終盤に入って自陣ゴール前からのカウンター攻撃により、一気に右サイドを走り抜け、相手ディフェンスを置き去りにする見事なトライを演出、勝負を決めました。
とはいえ、ノーサイドの笛が鳴るラストワンプレーまで、決して諦めず集中力を切ることなく一矢を報いるべくトライを返した栃木高校の粘りも賞賛に値する見事なものでした。
 
さて、「西高東低」と言われて久しい高校ラグビーの勢力図。
今日の2回戦でも東日本のチームが次々に敗退する中、勝ち進んだ本校は、次の3回戦で、九州の強豪と対戦することが決定しました。
 
難しいことではなく、基本に忠実なプレーを心がけての「一戦必勝」。
新たな年明けとともに、チームとしても「花園」通算90勝を目指して第一グランドに登場します。
さらなるご声援のほどよろしくお願いいたします。
 
  ※ 3回戦 1月1日 11:55 第1グランド
    対戦相手:佐賀工業高校
 
 

 

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