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「不動心」を養う@男子特別講座《能楽教室》第1回

2017年10月17日

 
はたして、わたしたちは、一日のうちで「不動」の姿勢をどのくらい保っているのでしょうか。
もちろん「不動」とは、じっとして動かないでいる状態のことでもありますが、ここではそれ以上に「何事にも動じない」精神のことを意味します。
 
このたび、古来より武道や芸道の修行において、哲学的かつ精神的な側面で効果のある概念となっている「不動心」を養うことを目標に、新たに男子部中学2年生を対象に、特別講座「能楽教室」が8回シリーズで行なわれることになりました。
 
そのご指導にあたってくださるのは、ながらく女子部の特別講座も担当してくださっている、卒業生の能楽師、高橋忍氏。 
今回は、その第一回目として「能楽」の起源と歴史について、観阿弥・世阿弥父子の足跡とともにお話くださいました。
  
・「能楽の起源は、遡ること554年、推古天皇の御代、秦河勝(はたのかわかつ)によると、世阿弥は記しています。ちなみに秦河勝は、我が金春流の流祖ともされています。」
・「音楽の分類の中で、雅楽のもととなる『正楽』に対して、民間で行われた雑多な『散楽』が『猿楽』と呼ばれるようになり、すべての能力を有するもののことを「~能」と呼ぶことから『能楽』となっていきます。とはいえ、それはもともと猿真似をはじめとして皆を楽しませることを目的としたいわば『路上パフォーマンス』のようなものでありました。」
・「観阿弥、世阿弥父子の功績は、「ストーリー」のある「演劇」をあらわしたことでしょう。」
・「たまたま、ときに42歳の観阿弥、12歳の世阿弥のパフォーマンスが、若き17歳の足利義満の目にとまったことにより、「能」が時の権力者による庇護を受けるようになっていきました。」
・「明治に入り、西洋のオペラに対する日本文化として岩倉具視が『猿楽』を紹介するにあたりはじめて対外的にそれを『能楽』と呼んだのでした。」
・「2001年に、ユネスコにより世界無形遺産の宣言を受けました。しかし、過去のものという意味合いの強い「遺産」とならないよう、われわれは今後もこの伝統芸能を受け継ぎしっかりと次代に伝えていきたいと思います。」
  

最後に、氏の指示で全員が一人ずつ自己紹介に立ちました。
わずか氏名とクラス・出席番号を述べるだけにもかかわらず、もじもじしたり、言葉が早口になったり、噛んでしまったり…

・「今後、恥ずかしくても、人前できちんと話をしなければならないことがあります。」
・「あらかじめ、姿勢を正しておいてから、ゆっくりと話し出すように…」
・「なにはともあれ、考えすぎずに、作品の動きをしっかりと真似ることを心がけてください。」
 
 
 ーーー 次回は、「世阿弥の一生」・「世阿弥の(残した)言葉」についてお話しくださる予定です ーーー

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