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「今」こそ @平成28年度《修了式》

2017年3月22日


              南庭の夜桜     2017/03/22
 
 
いよいよ東京でも桜の開花が宣せられ、本格的な春の到来も間近になってくるなか、本日は試験休みにあった全校生徒が一堂に会して、今年度の〈修了式〉に臨みました。
 
四季の移ろいとともにある学校生活にとって、今日はいわば一年間の締めくくりとしての「大晦日」。
この一年を振り返りつつ、「今」在ることへの感謝と、新たな「明日」に向けての決意を固めるための大切な節目のひとときとなりました。
 
 
◆ 「答え」のない人生 ~高校修了式 男子部長 S先生 訓話より~
 
…先日、帯同した修学旅行では、あらためて命の大切さや生かされていることへの感謝の念に包まれました。ボロボロの戦闘機、被爆者の生々しい体験談、そして迎えた「3.11」…。その朝、代表生徒が語った「こうして無事に旅行ができていることの幸せ」を深く噛みしめることができたのです。
さらに、昨年ある講演で聴いた、自らの意思で延命治療を拒否し死出の旅へ立った一人の少女の話は涙無くして語れません。「少しでも長く生きて欲しかった」という父親の思い。「そんな父親の願いを叶えるべく一日でも長く生きるため治療を続けるべきだったのではないか」と彼女の決断に異議を唱える高校生。それに対する講師のコメントは「本人の決断も父親の願いも、そしてあなたの考え方も、そのいずれも正しい。決して間違ってはいません。そう、人生の答えは決して一つではないのです」というものでした。
だとするなら、今、こうして久我山に集うみなさんにあっては、ただ単に目先の効率ばかりを求めたり、一時の好悪の感情に流されて過ごしたりばかりせず、残る高校生活の全てから様々なことを学び、物事に全力で取り組んで欲しいと思うのです。…
 
 
◆ 「思い」を伝えること ~中学修了式 女子部長 T先生 講話より~
 
…昨日、手元に届けられた中学3年生が綴った「卒業文集」には、一人一人の様々な思いがぎっしり詰まっていました。ただ共通して多く見られたのは、この三年間で「礼儀」や「あいさつ」の大切さを知ったというものでした。
今から、かれこれ四十年も前の中学生だった頃、忘れられない出来事がありました。それは音楽家志望の一人の転校生との出会いでした。すぐに仲良くなった私たちは、当時流行っていた「ケイドロ」をして遊んでいました。ある時屋上に通じる扉を私が強く閉めたことが原因で彼が指を挟んでしまい怪我を負ってしまったのです。幸い大事には至らず楽器を弾くことにも支障はなかったようでした。その後、無事音大に合格したことを知った時は、喜びよりも正直どこかで責任逃れをしている自分に嫌気がさしたのを今でも覚えています。そして、大人になってからヨーロッパ各地での演奏活動をする彼と杯を傾けることもありましたが、突然に彼は30歳の若さで事故死してしまったのでした。あの時、言えなかった「ごめんね」の一言は、こうして永久に伝えることができないままに。
思いを言葉にして伝える、そのことの大切さを私は取り返しのつかない後悔とともに今でも背負い続けているのです。…

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