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「 何事にも『愛』をもって…」@男子部中学3年〈今、私の思うこと〉全体発表会

2017年3月3日

今月、各学年それぞれに行われてきた中学〈今、私の思うこと〉全体発表会
本日、男子部中学3年生が最高学年としてそのトリを務めました。
 
技術革新がもたらした功罪や、理想的な国際関係について、また自らの生い立ちから得た思いや哲学的な思索に至るまで、その内容は多岐にわたりました。
いずれも、さすが3年生らしく、聴く側の気持ちも考えた論立てと発表が目立ちました。
  
 
以下、発表順にその要旨に所感を添えて…。 
 

 

  
◆ S.Y(2組) つながり

  
…技術の発展には手放しには喜べないことも。通信手段が多くガラ系からスマホへ移る中、SNSの普及とともにコミュニケーションのとり方も大きく変化している。恋愛も様変わり。自分の気持ちを直接ではなくそうしたツールを通して間接的に伝え合っている人も多い。このことは同時に、肝心の人の気持ちを汲み取ることができなくなってきている要因とも言えそうである。
 
(所感)肌と肌を付き合わせてのふれあい。血の通った言葉のやりとり。私達はどんなに時代が変わろうともそうした温もりのある「つながり」を本能的に求めてやまない生き物なのではないか。そんな人間の利便性の追求がもたらした代償は大きい。 
 
 
 

 

  
◆ Y.Y(3組) コリアニホンのちょっと行っチャイナ

 
…中国や韓国に関するニュースに反日的なものが目立つのは一体どういうわけだろう?そこには政治的な領土問題があり、双方の歴史認識にズレがあることも否めない。しかし一方で、植民地化していた韓国で当時の日本人がインフラ整備をしていた事実や個人的には友好的な関係が今なお続いていることはあまり知られていない。「隣」との関係には数cmの譲歩が不可欠だ。
 
(所感)目と鼻の先の「おとなり」との関係を、より友好的なものとするための鍵は?この難しい問題を実際に隣家とのトラブルを解決したというリアルな体験から、「数cmの譲歩」と「心の通い合い」とした意見は実に説得力に富んだものだった。実体験に勝る良薬なし。 
 
 
 

 

  
◆ T.K(5組) 本の表紙

 
…本屋に平積みされた本の数々。消費者は「今一番売れています」といった類の宣伝文句に弱い。また、もたらされる効果を数値で示したものや、常識を覆したフレーズなどにも心奪われる。確かにスポーツの世界でも、グランドで大きな声を出した方がパスをもらえる確率は高まる。それは、就職などの面接にあっても同じ。自分をしっかりアピールできる人こそ成功者なり。
 
(所感)おそらく自分のことを大きな声で「アピール」できる人というのは、それだけ中身が備わっているとも言えよう。そうした人は、時間をかけて積み上げた努力によって揺るぎない自信を持っている。中身と表面はやはり切っても切れない関係か。
 
 
  


  
◆ H.F(4組) 

 
…三人きょうだいの末っ子として過ごした幼き日々。姉に片付けを任せてばかりだったあの頃。きょうだいの影響もあって始めたそろばんや塾通い。そして調子に乗って親を心底困らせた小学生時代。家を追い出されもした反省することしきりの苦い思い出。今はただ、母さんにこんな「僕」の「母でよかった」と言ってもらえるように残りの人生を頑張りたいと思うばかり。
 
(所感)人生まさに山あり谷あり。思い通りの順境ではなく、紆余曲折つづきの逆境だったからこそ生まれた感謝の念。今後の生活への確かな誓いを立てるまでに成長し得た「僕」に拍手。あたりまえは明日もあたりまえのままではないかもしれないのだから。
 
 
  

 

  
◆ Y.A(6組) 賢い電話

 
…スマホを手放すことなどできない現実。そのダメな部分に目を向ければ、あれもこれも。危険極まりない歩きスマホ。コミュニケーションが取りづらくなった関係性。そして襲い来る視力の低下。このスマホに限らない。メリットの裏側には必ずデメリットが潜んでいる。今、私の思うこと…「ときに(スマホから目を離し)遠くを眺め、緑を見つめよう!」ではないか。
 
(所感)功罪相半ばする技術革新。人間はその昔から次々に自らの欲望を満たしながら、同時に自分自身の中に宿る倫理観に訴え、その人間力をも試し続けてきたのかもしれない。あなたは、性善説に立ちますか?それとも性悪説?
 
 
 
 

  
◆ Y.K(1組) 愛とは

 
…皆さんは何かを愛したことがありますか? そもそもあなたにとって愛とはなんですか? 少し自分なりに調べてみた。どうやら、愛とは限りない力を持ち、簡単に言葉にできないもののようだ。それにもかかわらず軽く扱われているという憂慮すべき事態。愛は無限大とも。「好き」より重く、厚みも違う愛。あえて叫びたい。「何事にも愛を持って接して欲しい!」と。
 
(所感)「好き」という感情から始まる恋愛は相手に何かをひたすら求め続ける。しかし、それがいつしか「愛」と呼べるものになるとき、人は相手に求めることよりこちらから無償で与え続けるように変化する。…などと、最後に思い切りうそぶいてみる。(笑)  
 

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